2018 / 06
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おはようございます。
不安と貪欲と傲慢と自己卑下と、実は根っこは一緒です。
根っこから処理しないと、次々と現れてきて、振り回されちゃいます。
イエスさまの愛をたっぷり浴びて、根っこを処理しましょう!

ルカの福音書 第12章

1 そうしているうちに、数えきれないほどの群衆が集まって来て、足を踏み合うほどになった。イエスはまず弟子たちに話し始められた。「パリサイ人のパン種、すなわち偽善には気をつけなさい。
2 おおわれているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずにすむものはありません。
3 ですから、あなたがたが暗闇で言ったことが、みな明るみで聞かれ、奥の部屋で耳にささやいたことが、屋上で言い広められるのです。
4 わたしの友であるあなたがたに言います。からだを殺しても、その後はもう何もできない者たちを恐れてはいけません。
5 恐れなければならない方を、あなたがたに教えてあげましょう。殺した後で、ゲヘナに投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい。そうです。あなたがたに言います。この方を恐れなさい。
6 五羽の雀が、二アサリオンで売られているではありませんか。そんな雀の一羽でも、神の御前で忘れられてはいません。
7 それどころか、あなたがたの髪の毛さえも、すべて数えられています。恐れることはありません。あなたがたは、多くの雀よりも価値があるのです。
8 あなたがたに言います。だれでも人々の前でわたしを認めるなら、人の子もまた、神の御使いたちの前でその人を認めます。
9 しかし、人々の前でわたしを知らないと言う者は、神の御使いたちの前で知らないと言われます。
10 人の子を悪く言う者はだれでも赦されます。しかし、聖霊を冒瀆する者は赦されません。
11 また、人々があなたがたを、会堂や役人たち、権力者たちのところに連れて行ったとき、何をどう弁明しようか、何を言おうかと心配しなくてよいのです。
12 言うべきことは、そのときに聖霊が教えてくださるからです。」
13 群衆の中の一人がイエスに言った。「先生。遺産を私と分けるように、私の兄弟に言ってください。」
14 すると、イエスは彼に言われた。「いったいだれが、わたしをあなたがたの裁判官や調停人に任命したのですか。」
15 そして人々に言われた。「どんな貪欲にも気をつけ、警戒しなさい。人があり余るほど持っていても、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」
16 それからイエスは人々にたとえを話された。「ある金持ちの畑が豊作であった。
17 彼は心の中で考えた。『どうしよう。私の作物をしまっておく場所がない。』
18 そして言った。『こうしよう。私の倉を壊して、もっと大きいのを建て、私の穀物や財産はすべてそこにしまっておこう。
19 そして、自分のたましいにこう言おう。「わがたましいよ、これから先何年分もいっぱい物がためられた。さあ休め。食べて、飲んで、楽しめ。」』
20 しかし、神は彼に言われた。『愚か者、おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる。おまえが用意した物は、いったいだれのものになるのか。』
21 自分のために蓄えても、神に対して富まない者はこのとおりです。
22 それからイエスは弟子たちに言われた。「ですから、わたしはあなたがたに言います。何を食べようかと、いのちのことで心配したり、何を着ようかと、からだのことで心配したりするのはやめなさい。
23 いのちは食べ物以上のもの、からだは着る物以上のものだからです。
24 烏のことをよく考えなさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、納屋も倉もありません。それでも、神は養っていてくださいます。あなたがたには、その鳥よりも、どんなに大きな価値があることでしょう。
25 あなたがたのうちだれが、心配したからといって、少しでも自分のいのちを延ばすことができるでしょうか。
26 こんな小さなことさえできないのなら、なぜほかのことまで心配するのですか。
27 草花がどのようにして育つのか、よく考えなさい。働きもせず、紡ぎもしません。しかし、わたしはあなたがたに言います。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも装ってはいませんでした。
28 今日は野にあって、明日は炉に投げ込まれる草さえ、神はこのように装ってくださるのなら、あなたがたには、どんなに良くしてくださることでしょう。信仰の薄い人たちよ。
29 何を食べたらよいか、何を飲んだらよいかと、心配するのをやめ、気をもむのをやめなさい。
30 これらのものはすべて、この世の異邦人が切に求めているものです。これらのものがあなたがたに必要であることは、あなたがたの父が知っておられます。
31 むしろ、あなたがたは御国を求めなさい。そうすれば、これらのものはそれに加えて与えられます。
32 小さな群れよ、恐れることはありません。あなたがたの父は、喜んであなたがたに御国を与えてくださるのです。
33 自分の財産を売って施しをしなさい。自分のために、天に、すり切れない財布を作り、尽きることのない宝を積みなさい。天では盗人が近寄ることも、虫が食い荒らすこともありません。
34 あなたがたの宝のあるところ、そこにあなたがたの心もあるのです。
35 腰に帯を締め、明かりをともしていなさい。
36 主人が婚礼から帰って来て戸をたたいたら、すぐに戸を開けようと、その帰りを待っている人たちのようでありなさい。
37 帰って来た主人に、目を覚ましているのを見てもらえるしもべたちは幸いです。まことに、あなたがたに言います。主人のほうが帯を締め、そのしもべたちを食卓に着かせ、そばに来て給仕してくれます。
38 主人が真夜中に帰って来ても、夜明けに帰って来ても、そのようにしているのを見てもらえるなら、そのしもべたちは幸いです。
39 このことを知っておきなさい。もしも家の主人が、泥棒の来る時間を知っていたら、自分の家に押し入るのを許さないでしょう。
40 あなたがたも用心していなさい。人の子は、思いがけない時に来るのです。」
41 そこで、ペテロが言った。「主よ。このたとえを話されたのは私たちのためですか、皆のためですか。
42 主は言われた。「では、主人によって、その家の召使いたちの上に任命され、食事時には彼らに決められた分を与える、忠実で賢い管理人とは、いったいだれでしょうか。
43 主人が帰って来たときに、そのようにしているのを見てもらえるしもべは幸いです。
44 まことに、あなたがたに言います。主人はその人に自分の全財産を任せるようになります。
45 もし、そのしもべが心の中で、『主人の帰りは遅くなる』と思い、男女の召使いたちを打ちたたき、食べたり飲んだり、酒に酔ったりし始めるなら、
46 そのしもべの主人は、予期していない日、思いがけない時に帰って来て、彼を厳しく罰し、不忠実な者たちと同じ報いを与えます。
47 主人の思いを知りながら用意もせず、その思いどおりに働きもしなかったしもべは、むちでひどく打たれます。
48 しかし、主人の思いを知らずにいて、むち打たれるに値することをしたしもべは、少ししか打たれません。多く与えられた者はみな、多くを求められ、多く任された者は、さらに多くを要求されます。
49 わたしは、地上に火を投げ込むために来ました。火がすでに燃えていたらと、どんなに願っていることでしょう。
50 わたしには受けるべきバプテスマがあります。それが成し遂げられるまで、わたしはどれほど苦しむことでしょう。
51 あなたがたは、わたしが地上に平和をもたらすために来たと思っていますか。そうではありません。あなたがたに言いますが、むしろ分裂です。
52 今から後、一つの家の中で五人が二つに分かれ、三人が二人に、二人が三人に対立するようになります。
53 父は息子に、息子は父に対立し、母は娘に、娘は母に対立し、姑は嫁に、嫁は姑に対立して分かれるようになります。」
54 イエスは群衆にもこう言われた。「あなたがたは、西に雲が出るのを見るとすぐに、『にわか雨になる』と言います。そしてそのとおりになります。
55 また南風が吹くと、『暑くなるぞ』と言います。そしてそのとおりになります。
56 偽善者たちよ。あなたがたは地と空の様子を見分けることを知っていながら、どうして今の時代を見分けようとしないのですか。
57 あなたがたは、何が正しいか、どうして自分で判断しないのですか。
58 あなたを訴える人と一緒に役人のところに行くときは、途中でその人と和解するように努めなさい。そうでないと、その人はあなたを裁判官のもとにひっぱって行き、裁判官はあなたを看守に引き渡し、看守はあなたを牢に投げ込みます。
59 あなたに言います。最後の一レプタを支払うまで、そこから出ることは決してできません。」

むすぶ(3歳)の、父の日プレゼント。
幼稚園で、作ってきました。

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こういうのって、涙腺ゆるみます。

#3歳児のいる生活


ゴスペルハウスメッセージ 2018.06.09
「道を選ぶ」イザヤ66:1-4

1 主はこう言われる。「天はわたしの王座、地はわたしの足台。あなたがたがわたしのために建てる家は、いったいどこにあるのか。わたしの安息の場は、いったいどこにあるのか。
2 これらすべては、わたしの手が造った。それで、これらすべては存在するのだ。──主のことば──わたしが目を留める者、それは、貧しい者、霊の砕かれた者、わたしのことばにおののく者だ。
3 牛を屠る者が、人を打ち殺す者。羊をいけにえにする者が、犬の首を折る者。穀物のささげ物を献げる者が、豚の血を献げる者。乳香を記念として献げる者が、偶像をたたえる者。実に彼らは自分の道を選び、そのたましいは忌まわしいものを喜ぶ。
4 わたしも彼らを厳しく扱うことを選び、彼らに恐怖をもたらす。それは、わたしが呼んでもだれも答えず、わたしが語りかけても聞かず、わたしの目に悪であることを行い、わたしの喜ばないことを選んだからだ。」

イザヤ書は、全部で66章。
今週の聖書箇所は、第66章、最終章のはじめの部分です。
イザヤ書のまとめ、イザヤ書の締めくくりと言ってもいいでしょう。

1-2節に、神様の自己表明があります。
神様は、人間が作った宮や祭壇の中に収まりきれるものではありません。
神様は、人間のしもべでもなく、人間の思考が作り出した想像の賜物でもありません。
すべての創造者で、時間と空間も神様によって造られました。
ですから、神様は時間も空間も超越した方なのです。
小さな宮に押し込めることができる存在ではなく、遠く宇宙の果てにいる存在でもありません。
あまねく時間に、あまねく空間に存在する方なのです。
ちっぽけな人間にすべて理解できるわけがなく、人間の規則や法則に縛られる方でもありません。

3節は、理解し難い方も多いでしょう。
「牛を屠る者が、人を打ち殺す者。羊をいけにえにする者が、犬の首を折る者。穀物のささげ物を献げる者が、豚の血を献げる者。乳香を記念として献げる者が、偶像をたたえる者。」(3節)

この解釈は、2通り考えられるでしょう。
1つ目は、人間の二面性です。
牛を神様に捧げる人が、別の場面では、人を殺す。
羊を神様に捧げる人が、別の場面では、偶像に犬を捧げる。
穀物を神様に捧げる人が、別の場面では、偶像に豚の血を捧げる。
神様に乳香を捧げる人が、別の場面では、偶像をたたえる。

2つ目は、純粋さの欠如です。
心から牛を捧げないならば、人を殺すことと何も変わりがない。
心から羊を捧げないならば、犬を捧げることと何も変わりがない。
心から穀物を捧げないならば、豚の血を捧げることと何も変わりがない。
心から乳香を捧げないならば、偶像をたたえることと何も変わりがない。

いずれにしても、それは神様にとって忌まわしい道で、彼らが選んだ、自分勝手な自分の道です。

なぜ、彼らはそのような自分の道を選んだのでしょう。
その理由は、神様を縛り、閉じこめたことです。
神様を自分の都合に縛り付け、教理の中に閉じこめ、二心を持つ自分を正当化したのです。

そんな都合のいい神様なら、そんなしもべのような神様なら、何も捧げないという選択もあったはずですが、彼らは捧げ物をしました。
その理由は、他人の目を、他人の評価を、気にしたからです。
神様に真心から仕えるよりも、評判を大切なものとしたのです。
捧げている自分を、神様に喜んでもらうのではなく、他人に褒めてもらいたいのです。

神様は常に、1対1の関係、1対1の対面を要求します。
そのために、あえて、孤独を与えることすらあります。
アブラハムもそうでした。
ヤコブも、ヨセフも、モーセも、神様はその人生において、孤独を与えました。
それは裁きのときではなく、神様が1対1の関係を準備してくれていたのです。

イエスさまも、そのように呼びかけました。
ペテロに、ザアカイに、パウロに、・・・。
1対1の出会いを、求めていたのです。

そして、もちろんあなたにも、神様は、イエスさまは、そう呼びかけるのです。

あなたは、その招きに、どう応えますか。
人々の中に埋もれて、常に他人の評価を気にして、他人の目を気にして、ビクビクしながらそれに合わせる道を選んで生きますか。
それとも、神様の言葉を聞き、1対1の出会いの中で、神様から与えられた命の道を生きますか。

神様から与えられる、命の道を、真理の道を、選んで、まっすぐ歩みましょう。

おはようございます。
雨の日は、雨を喜ぶ。
晴れた日は、晴れを喜ぶ。
そう決めると、とっても楽になります。
そう、喜ぶって、自然に湧き上がる感情っていう訳ではなくて、選択する意志でもあるんですよ。

ルカの福音書 第11章

1 さて、イエスはある場所で祈っておられた。祈りが終わると、弟子の一人がイエスに言った。「主よ。ヨハネが弟子たちに教えたように、私たちにも祈りを教えてください。」
2 そこでイエスは彼らに言われた。「祈るときには、こう言いなさい。『父よ、御名が聖なるものとされますように。御国が来ますように。
3 私たちの日ごとの糧を、毎日お与えください。
4 私たちの罪をお赦しください。私たちも私たちに負い目のある者をみな赦します。私たちを試みにあわせないでください。』」
5 また、イエスはこう言われた。「あなたがたのうちのだれかに友だちがいて、その人のところに真夜中に行き、次のように言ったとします。『友よ、パンを三つ貸してくれないか。
6 友人が旅の途中、私のところに来たのだが、出してやるものがないのだ。』
7 すると、その友だちは家の中からこう答えるでしょう。『面倒をかけないでほしい。もう戸を閉めてしまったし、子どもたちも私と一緒に床に入っている。起きて、何かをあげることはできない。』
8 あなたがたに言います。この人は、友だちだからというだけでは、起きて何かをあげることはしないでしょう。しかし、友だちのしつこさのゆえなら起き上がり、必要なものを何でもあげるでしょう。
9 ですから、あなたがたに言います。求めなさい。そうすれば与えられます。探しなさい。そうすれば見出します。たたきなさい。そうすれば開かれます。
10 だれでも、求める者は手に入れ、探す者は見出し、たたく者には開かれます。
11 あなたがたの中で、子どもが魚を求めているのに、魚の代わりに蛇を与えるような父親がいるでしょうか。
12 卵を求めているのに、サソリを与えるような父親がいるでしょうか。
13 ですから、あなたがたは悪い者であっても、自分の子どもたちには良いものを与えることを知っています。それならなおのこと、天の父はご自分に求める者たちに聖霊を与えてくださいます。」
14 さて、イエスは悪霊を追い出しておられた。それは口をきけなくする悪霊であった。悪霊が出て行くと、口がきけなかった人がものを言い始めたので、群衆は驚いた。
15 しかし、彼らのうちのある者たちは、「悪霊どものかしらベルゼブルによって、悪霊どもを追い出しているのだ」と言った。
16 また、ほかの者たちはイエスを試みようとして、天からのしるしを要求した。
17 しかし、イエスは彼らの心を見抜いて言われた。「どんな国でも内輪もめしたら荒れすたれ、家も内輪で争えば倒れます。
18 あなたがたは、わたしがベルゼブルによって悪霊どもを追い出していると言いますが、サタンが仲間割れしたのなら、どうしてサタンの国は立ち行くことができるでしょう。
19 もし、わたしがベルゼブルによって悪霊どもを追い出しているとしたら、あなたがたの子らが悪霊どもを追い出しているのは、だれによってなのですか。そういうわけで、あなたがたの子らがあなたがたをさばく者となります。
20 しかし、わたしが神の指によって悪霊どもを追い出しているのなら、もう神の国はあなたがたのところに来ているのです。
21 強い者が十分に武装して自分の屋敷を守っているときは、その財産は無事です。
22 しかし、もっと強い人が襲って来て彼に打ち勝つと、彼が頼みにしていた武具を奪い、分捕り品を分けます。
23 わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしとともに集めない者は散らしているのです。
24 汚れた霊は人から出て行くと、水のない地をさまよって休み場を探します。でも見つからず、『出て来た自分の家に帰ろう』と言います。
25 帰って見ると、家は掃除されてきちんと片付いています。
26 そこで出かけて行って、自分よりも悪い、七つのほかの霊を連れて来て、入り込んでそこに住みつきます。そうなると、その人の最後の状態は、初めよりも悪くなるのです。
27 イエスがこれらのことを話しておられると、群衆の中から、ある女が声をあげてイエスに言った。「あなたを宿した胎、あなたが吸った乳房は幸いです。」
28 しかし、イエスは言われた。「幸いなのは、むしろ神のことばを聞いてそれを守る人たちです。」
29 さて、群衆の数が増えてくると、イエスは話し始められた。「この時代は悪い時代です。しるしを求めますが、しるしは与えられません。ただし、ヨナのしるしは別です。
30 ヨナがニネベの人々のために、しるしとなったように、人の子がこの時代のために、しるしとなるからです。
31 南の女王が、さばきのときに、この時代の人々とともに立って、この時代の人々を罪ありとします。彼女はソロモンの知恵を聞くために地の果てから来たからです。しかし見なさい。ここにソロモンにまさるものがあります。
32 ニネベの人々が、さばきのときに、この時代の人々とともに立って、この時代の人々を罪ありとします。ニネベの人々はヨナの説教で悔い改めたからです。しかし見なさい。ここにヨナにまさるものがあります。
33 だれも、明かりをともして、それを穴蔵の中や升の下に置く者はいません。燭台の上に置きます。入って来た人たちに、その光が見えるようにするためです。
34 からだの明かりは目です。あなたの目が健やかなら全身も明るくなりますが、目が悪いと、からだも暗くなります。
35 ですから、自分のうちの光が闇にならないように気をつけなさい。
36 もし、あなたの全身が明るくて何の暗い部分もないなら、明かりがその輝きであなたを照らすときのように、全身が光に満ちたものとなります。」
37 イエスが話し終えられると、一人のパリサイ人が、自分の家で食事をしていただきたい、とお願いした。そこでイエスは家に入って、食卓に着かれた。
38 そのパリサイ人は、イエスが食事の前に、まずきよめの洗いをなさらないのを見て驚いた。
39 すると、主は彼に言われた。「なるほど、あなたがたパリサイ人は、杯や皿の外側はきよめるが、その内側は強欲と邪悪で満ちています。
40 愚かな者たち。外側を造られた方は、内側も造られたのではありませんか。
41 とにかく、内にあるものを施しに用いなさい。そうすれば、見よ、あなたがたにとって、すべてがきよいものとなります。
42 だが、わざわいだ、パリサイ人。おまえたちはミント、うん香、あらゆる野菜の十分の一を納めているが、正義と神への愛をおろそかにしている。十分の一もおろそかにしてはいけないが、これこそしなければならないことだ。
43 わざわいだ、パリサイ人。おまえたちは会堂の上席や、広場であいさつされることが好きだ。
44 わざわいだ。おまえたちは人目につかない墓のようで、人々は、その上を歩いても気がつかない。」
45 すると、律法の専門家の一人がイエスに言った。「先生。そのようなことを言われるなら、私たちまで侮辱することになります。」
46 しかし、イエスは言われた。「おまえたちもわざわいだ。律法の専門家たち。人々には負いきれない荷物を負わせるが、自分は、その荷物に指一本触れようとはしない。
47 わざわいだ。おまえたちは預言者たちの墓を建てているが、彼らを殺したのは、おまえたちの先祖だ。
48 こうして、おまえたちは先祖がしたことの証人となり、同意しているのだ。彼らが預言者たちを殺し、おまえたちが墓を建てているのだから。
49 だから、神の知恵もこう言ったのだ。『わたしは預言者たちや使徒たちを彼らに遣わすが、彼らは、そのうちのある者たちを殺し、ある者たちを迫害する。
50 それは、世界の基が据えられたときから流されてきた、すべての預言者の血の責任を、この時代が問われるためである。
51 アベルの血から、祭壇と神の家の間で殺されたザカリヤの血に至るまで。』そうだ。わたしはおまえたちに言う。この時代はその責任を問われる。
52 わざわいだ、律法の専門家たち。おまえたちは知識の鍵を取り上げて、自分は入らず、入ろうとする人々を妨げたのだ。」
53 イエスがそこを出て行かれると、律法学者たち、パリサイ人たちはイエスに対して激しい敵意を抱き、多くのことについてしつこく質問攻めを始めた。
54 彼らは、イエスの口から出ることに、言いがかりをつけようと狙っていたのである。

今日、パソコンのメールソフトを整理していると、迷惑メールフォルダに未読のメールが1通。
何かな?と思ってフォルダを開けると、ボクの送信した過去の礼拝メッセージが、そこに入っていました。

こういうの、ちょっとヘコみますわぁ。
(だれのせいでもないんですけどね)


坂本 秀雄 (伝道師)

Author:坂本 秀雄 (伝道師)

ゴスペルハウスは、超教派のキリスト教伝道所です。
神様の愛で建てられ、神様の愛を伝えています。

2008年にブラジル・サンパウロから帰国した家族が、山形県の川西町に移住して楽しくゴスペルハウスな生活をしています。
そして今度は隣町の高畠へ引っ越しました。
どなたでもお気軽にお越しください。

ゴスペルハウスには、あなたのための席が用意されています。

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お気軽にお越しください。
山形県東置賜郡高畠町
安久津1070

電車でお越しの方は、高畠駅までお迎えします。

賛美・御言葉・聖餐を中心とした、明るい雰囲気の礼拝です。
はっきり言って、楽しいです。

同時間帯で、「子ども礼拝」も行なっています。
大人も子どもも、クリスチャンもそうでない方も、ぜひご一緒に集いましょう。

集会の後には、ご一緒に夕食を頂きます。
伝道師みずから、腕をふるって料理します。
おいしいですよ。(もちろん無料)