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ゴスペルハウスメッセージ 2017.07.22
「さまよいの意味」創世記 21:8-21 

8 その子は育って乳離れした。アブラハムはイサクの乳離れの日に、盛大な宴会を催した。
9 そのとき、サラは、エジプトの女ハガルがアブラハムに産んだ子が、自分の子イサクをからかっているのを見た。
10 それでアブラハムに言った。「このはしためを、その子といっしょに追い出してください。このはしための子は、私の子イサクといっしょに跡取りになるべきではありません。」
11 このことは、自分の子に関することなので、アブラハムは、非常に悩んだ。
12 すると、神はアブラハムに仰せられた。「その少年と、あなたのはしためのことで、悩んではならない。サラがあなたに言うことはみな、言うとおりに聞き入れなさい。イサクから出る者が、あなたの子孫と呼ばれるからだ。
13 しかしはしための子も、わたしは一つの国民としよう。彼もあなたの子だから。」
14 翌朝早く、アブラハムは、パンと水の皮袋を取ってハガルに与え、それを彼女の肩に載せ、その子とともに彼女を送り出した。それで彼女はベエル・シェバの荒野をさまよい歩いた。
15 皮袋の水が尽きたとき、彼女はその子を一本の潅木の下に投げ出し、
16 自分は、矢の届くほど離れた向こうに行ってすわった。それは彼女が「私は子どもの死ぬのを見たくない。」と思ったからである。それで、離れてすわったのである。そうして彼女は声をあげて泣いた。
17 神は少年の声を聞かれ、神の使いは天からハガルを呼んで、言った。「ハガルよ。どうしたのか。恐れてはいけない。神があそこにいる少年の声を聞かれたからだ。
18 行ってあの少年を起こし、彼を力づけなさい。わたしはあの子を大いなる国民とするからだ。」
19 神がハガルの目を開かれたので、彼女は井戸を見つけた。それで行って皮袋に水を満たし、少年に飲ませた。
20 神が少年とともにおられたので、彼は成長し、荒野に住んで、弓を射る者となった。
21 こうして彼はパランの荒野に住みついた。彼の母はエジプトの国から彼のために妻を迎えた。

アブラハム100歳、サラが90歳のときに、約束の子イサクは誕生しました。
しかし、神様の約束を待ちきれなかったアブラハムとサラは、サラの女奴隷ハガルによって、イシュマエルを得ていました。
サラが主導したこのことが、今回の騒動の原因と言えそうです。
今週はここから、「さまよいの意味」と題して、御言葉を開いていきましょう。

サラには、自分の言い分(正義)がありました。
私はアブラハムの本妻で、ハガルは私の奴隷である。
なのに、奴隷の子どもが私の愛するイサクと同じように扱われるなんて、許されることではない。
奴隷のくせに、イシュマエルをみごもってからというもの、態度も横柄ではないか。
追い出す以外に、解決策はない!

ハガルには、ハガルの言い分(正義)があります。
私は、主人サラに言われるがままに、アブラハムの子イシュマエルを宿し、出産したのです。
イシュマエルのほうが年齢が上なので、イサクよりもしっかりして見えるでしょう。
私たち親子に、落ち度は何もありません。

アブラハムは、イサクもイシュマエルも愛していますから、苦悩しました。
よい解決方法は見つからず、傷つけ合うのを見るのは忍びないことです。

サラやハガルに限らず、人間は、自分の正義を主張し、戦いがちなものです。
もちろん、私もあなたも例外ではないでしょう。
しかし、そのままでは、自分の正しさを主張できる者と、打ちのめされて悲しむ者が生じてしまうだけです。
勝ち負けにこだわり続ける人生、勝てば上機嫌で、負ければ絶望、なんとも不安定なものです。

ここでは、サラの主張が通り、ハガルとイシュマエルは、わずかな食料と水だけを持って、追い出されてしまいました。
神様が、アブラハムにそうするように指示したからです。

わずかな食料と水だけを持って、ハガルは荒野をさまよい歩きました。
水が尽きた時に、彼女は絶望しました。
自分も、愛するイシュマエルも、死ななければならないと覚悟しました。

その時、神様の使いが、ハガルのもとにやって来たのです。
ハガルとイシュマエルの嘆きは、神様に届いたのです。
神様は、彼女たちに水を与え、いのちを与え、祝福を与えたのです。

彼女は、さまよいました、絶望しました。
しかし、そのことには意味があったのです。
それは、彼女が神様の力に出会うためです。
神様の恵みに、出会うためです。
神様の愛に、抱かれるためです。

創世記には、これより以前に、神様からさまよいなさいと命じられた人がいます。
カイン(第4章参照)です。
神様は、さまようことを通して、カインに愛を示そうとしたのです。
しかし、彼はさまようことをせずに、ノデの地に住み着いてしまいました。
さまようべきだったカインは、さまよえなかったのです。
愛に触れるはずだったカインは、愛を感じることができなかったのです。

ハガルは、カインのように適当な地を見つけて住み着くという力もありませんでした。
だから、自分自身に絶望するしかなかったのです。
だから、神様の言葉と力にすがるしかなかったのです。

あなたの人生にも、さまよわなければならないことがあるかもしれません。
あなたの正義を打ち砕かれて、悲しみとともに追い出されることもあるでしょう。
だれにも理解してもらうこともなく、居場所のない孤独も経験するかもしれません。
しかし、覚えていてください。
それは、神様の裁きのときではないのです。
あなたのさまよいは、絶望への一里塚ではないのです。

あなたは、見捨てられてはないのです。
さまよいの中で、痛みと孤独の中で、神様の愛に出会いましょう。


さまよい、それは、神様の愛と力が、あなたの人生に与えられるためのステージです。
無理解と孤独、それは、神様の恵みにあなたが出会うためのステップです。
さまよいや孤独の原因が、あなた自身にあるように感じても、その機会をも神様は用いるのです。

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坂本 秀雄 (伝道師)

Author:坂本 秀雄 (伝道師)

ゴスペルハウスは、超教派のキリスト教伝道所です。
神様の愛で建てられ、神様の愛を伝えています。

2008年にブラジル・サンパウロから帰国した家族が、山形県の川西町に移住して楽しくゴスペルハウスな生活をしています。
そして今度は隣町の高畠へ引っ越しました。
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