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2018 / 10
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おはようございます。
洗礼を受けていない人を裁くための洗礼なら、そこに愛はありません。
礼拝出席していない人を裁くための礼拝出席なら、そこに愛はありません。
祈れない人を裁くための祈りなら、そこに愛はありません。
そこに愛がないってことは、価値もないってことでしょう。。。

コリント人への手紙 第一 第10章  

1 兄弟たち。あなたがたには知らずにいてほしくありません。私たちの先祖はみな雲の下にいて、みな海を通って行きました。
2 そしてみな、雲の中と海の中で、モーセにつくバプテスマを受け、
3 みな、同じ霊的な食べ物を食べ、
4 みな、同じ霊的な飲み物を飲みました。彼らについて来た霊的な岩から飲んだのです。その岩とはキリストです。
5 しかし、彼らの大部分は神のみこころにかなわず、荒野で滅ぼされました。
6 これらのことは、私たちを戒める実例として起こったのです。彼らが貪ったように、私たちが悪を貪ることのないようにするためです。
7 あなたがたは、彼らのうちのある人たちのように、偶像礼拝者になってはいけません。聖書には「民は、座っては食べたり飲んだりし、立っては戯れた」と書いてあります。
8 また私たちは、彼らのうちのある人たちがしたように、淫らなことを行うことのないようにしましょう。彼らはそれをして一日に二万三千人が倒れて死にました。
9 また私たちは、彼らのうちのある人たちがしたように、キリストを試みることのないようにしましょう。彼らは蛇によって滅んでいきました。
10 また、彼らのうちのある人たちがしたように、不平を言ってはいけません。彼らは滅ぼす者によって滅ぼされました。
11 これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。
12 ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい。
13 あなたがたが経験した試練はみな、人の知らないものではありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます。
14 ですから、私の愛する者たちよ、偶像礼拝を避けなさい。
15 私は賢い人たちに話すように話します。私の言うことを判断してください。
16 私たちが神をほめたたえる賛美の杯は、キリストの血にあずかることではありませんか。私たちが裂くパンは、キリストのからだにあずかることではありませんか。
17 パンは一つですから、私たちは大勢いても、一つのからだです。皆がともに一つのパンを食べるのですから。
18 肉によるイスラエルのことを考えてみなさい。ささげ物を食する者は、祭壇の交わりにあずかることになるのではありませんか。
19 私は何を言おうとしているのでしょうか。偶像に献げた肉に何か意味があるとか、偶像に何か意味があるとか、言おうとしているのでしょうか。
20 むしろ、彼らが献げる物は、神にではなくて悪霊に献げられている、と言っているのです。私は、あなたがたに悪霊と交わる者になってもらいたくありません。
21 あなたがたは、主の杯を飲みながら、悪霊の杯を飲むことはできません。主の食卓にあずかりながら、悪霊の食卓にあずかることはできません。
22 それとも、私たちは主のねたみを引き起こすつもりなのですか。私たちは主よりも強い者なのですか。
23 「すべてのことが許されている」と言いますが、すべてのことが益になるわけではありません。「すべてのことが許されている」と言いますが、すべてのことが人を育てるとはかぎりません。
24 だれでも、自分の利益を求めず、ほかの人の利益を求めなさい。
25 市場で売っている肉はどれでも、良心の問題を問うことをせずに食べなさい。
26 地とそこに満ちているものは、主のものだからです。
27 あなたがたが、信仰のないだれかに招待されて、そこに行きたいと思うときには、自分の前に出される物はどれも、良心の問題を問うことをせずに食べなさい。
28 しかし、だれかがあなたがたに「これは偶像に献げた肉です」と言うなら、そう知らせてくれた人のため、また良心のために、食べてはいけません。
29 良心と言っているのは、あなた自身の良心ではなく、知らせてくれた人の良心です。私の自由が、どうしてほかの人の良心によってさばかれるでしょうか。
30 もし私が感謝して食べるなら、どうして私が感謝する物のために悪く言われるのでしょうか。
31 こういうわけで、あなたがたは、食べるにも飲むにも、何をするにも、すべて神の栄光を現すためにしなさい。
32 ユダヤ人にも、ギリシア人にも、神の教会にも、つまずきを与えない者になりなさい。
33 私も、人々が救われるために、自分の利益ではなく多くの人々の利益を求め、すべてのことですべての人を喜ばせようと努めているのです。

おはようございます。
今日は、いわき市に行ってきます。
朝7時に福島市を出発するので、これから大急ぎです。
どんな道中になるのやら、神様に期待します。

コリント人への手紙 第一 第9章  

1 私には自由がないのですか。私は使徒ではないのですか。私は私たちの主イエスを見なかったのですか。あなたがたは、主にあって私の働きの実ではありませんか。
2 たとえ私がほかの人々に対しては使徒でなくても、少なくともあなたがたに対しては使徒です。あなたがたは、私が主にあって使徒であることの証印です。
3 私をさばく人たちに対して、私は次のように弁明します。
4 私たちには食べたり飲んだりする権利がないのですか。
5 私たちには、ほかの使徒たち、主の兄弟たちや、ケファのように、信者である妻を連れて歩く権利がないのですか。
6 あるいは、私とバルナバだけには、生活のために働かなくてもよいという権利がないのですか。
7 はたして、自分の費用で兵役に服す人がいるでしょうか。自分でぶどう園を造りながら、その実を食べない人がいるでしょうか。羊の群れを飼いながら、その乳を飲まない人がいるでしょうか。
8 私がこのようなことを言うのは、人間の考えによるのでしょうか。律法も同じことを言ってはいないでしょうか。
9 モーセの律法には「脱穀をしている牛に口籠をはめてはならない」と書いてあります。はたして神は、牛のことを気にかけておられるのでしょうか。
10 私たちのために言っておられるのではありませんか。そうです。私たちのために書かれているのです。なぜなら、耕す者が望みを持って耕し、脱穀する者が分配を受ける望みを持って仕事をするのは、当然だからです。
11 私たちがあなたがたに御霊のものを蒔いたのなら、あなたがたから物質的なものを刈り取ることは、行き過ぎでしょうか。
12 ほかの人々があなたがたに対する権利にあずかっているのなら、私たちは、なおさらそうではありませんか。それなのに、私たちはこの権利を用いませんでした。むしろ、キリストの福音に対し何の妨げにもならないように、すべてのことを耐え忍んでいます。
13 あなたがたは、宮に奉仕している者が宮から下がる物を食べ、祭壇に仕える者が祭壇のささげ物にあずかることを知らないのですか。
14 同じように主も、福音を宣べ伝える者が、福音の働きから生活の支えを得るように定めておられます。
15 しかし、私はこれらの権利を一つも用いませんでした。また、私は権利を用いたくて、このように書いているのでもありません。それを用いるよりは死んだほうがましです。私の誇りを空しいものにすることは、だれにもできません。
16 私が福音を宣べ伝えても、私の誇りにはなりません。そうせずにはいられないのです。福音を宣べ伝えないなら、私はわざわいです。
17 私が自発的にそれをしているなら、報いがあります。自発的にするのでないとしても、それは私に務めとして委ねられているのです。
18 では、私にどんな報いがあるのでしょう。それは、福音を宣べ伝えるときに無報酬で福音を提供し、福音宣教によって得る自分の権利を用いない、ということです。
19 私はだれに対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために、すべての人の奴隷になりました。
20 ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を獲得するためです。律法の下にある人たちには──私自身は律法の下にはいませんが──律法の下にある者のようになりました。律法の下にある人たちを獲得するためです。
21 律法を持たない人たちには──私自身は神の律法を持たない者ではなく、キリストの律法を守る者ですが──律法を持たない者のようになりました。律法を持たない人たちを獲得するためです。
22 弱い人たちには、弱い者になりました。弱い人たちを獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。何とかして、何人かでも救うためです。
23 私は福音のためにあらゆることをしています。私も福音の恵みをともに受ける者となるためです。
24 競技場で走る人たちはみな走っても、賞を受けるのは一人だけだということを、あなたがたは知らないのですか。ですから、あなたがたも賞を得られるように走りなさい。
25 競技をする人は、あらゆることについて節制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。
26 ですから、私は目標がはっきりしないような走り方はしません。空を打つような拳闘もしません。
27 むしろ、私は自分のからだを打ちたたいて服従させます。ほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者にならないようにするためです。

おはようございます。
「知識は人を高ぶらせ、愛は人を育てます。」(1節)
心に留めておきたい言葉ですねぇ。

コリント人への手紙 第一 第8章  

1 次に、偶像に献げた肉についてですが、「私たちはみな知識を持っている」ということは分かっています。しかし、知識は人を高ぶらせ、愛は人を育てます。
2 自分は何かを知っていると思う人がいたら、その人は、知るべきほどのことをまだ知らないのです。
3 しかし、だれかが神を愛するなら、その人は神に知られています。
4 さて、偶像に献げた肉を食べることについてですが、「世の偶像の神は実際には存在せず、唯一の神以外には神は存在しない」ことを私たちは知っています。
5 というのは、多くの神々や多くの主があるとされているように、たとえ、神々と呼ばれるものが天にも地にもあったとしても、
6 私たちには、父なる唯一の神がおられるだけで、この神からすべてのものは発し、この神に私たちは至るからです。また、唯一の主なるイエス・キリストがおられるだけで、この主によってすべてのものは存在し、この主によって私たちも存在するからです。
7 しかし、すべての人にこの知識があるわけではありません。ある人たちは、今まで偶像になじんできたため、偶像に献げられた肉として食べて、その弱い良心が汚されてしまいます。
8 しかし、私たちを神の御前に立たせるのは食物ではありません。食べなくても損にならないし、食べても得になりません。
9 ただ、あなたがたのこの権利が、弱い人たちのつまずきとならないように気をつけなさい。
10 知識のあるあなたが偶像の宮で食事をしているのをだれかが見たら、その人はそれに後押しされて、その良心は弱いのに、偶像の神に献げた肉を食べるようにならないでしょうか。
11 つまり、 その弱い人は、あなたの知識によって滅びることになります。この兄弟のためにも、キリストは死んでくださったのです。
12 あなたがたはこのように兄弟たちに対して罪を犯し、彼らの弱い良心を傷つけるとき、キリストに対して罪を犯しているのです。
13 ですから、食物が私の兄弟をつまずかせるのなら、兄弟をつまずかせないために、私は今後、決して肉を食べません。

おはようございます。
なんだか、鼻がグスグスします。
季節の変わり目なんでしょうか?
それとも、体調の変わり目なんでしょうか?
ドキドキです・・・って、ちょっと楽しんでいます。

コリント人への手紙 第一 第7章 

1 さて、「男が女に触れないのは良いことだ」と、あなたがたが書いてきたことについてですが、
2 淫らな行いを避けるため、男はそれぞれ自分の妻を持ち、女もそれぞれ自分の夫を持ちなさい。
3 夫は自分の妻に対して義務を果たし、同じように妻も自分の夫に対して義務を果たしなさい。
4 妻は自分のからだについて権利を持ってはおらず、それは夫のものです。同じように、夫も自分のからだについて権利を持ってはおらず、それは妻のものです。
5 互いに相手を拒んではいけません。ただし、祈りに専心するために合意の上でしばらく離れていて、再び一緒になるというのならかまいません。これは、あなたがたの自制力の無さに乗じて、サタンがあなたがたを誘惑しないようにするためです。
6 以上は譲歩として言っているのであって、命令ではありません。
7 私が願うのは、すべての人が私のように独身であることです。しかし、一人ひとり神から与えられた自分の賜物があるので、人それぞれの生き方があります。
8 結婚していない人とやもめに言います。私のようにしていられるなら、それが良いのです。
9 しかし、自制することができないなら、結婚しなさい。欲情に燃えるより、結婚するほうがよいからです。
10 すでに結婚した人たちに命じます。命じるのは私ではなく主です。妻は夫と別れてはいけません。
11 もし別れたのなら、再婚せずにいるか、夫と和解するか、どちらかにしなさい。また、夫は妻と離婚してはいけません。
12 そのほかの人々に言います。これを言うのは主ではなく私です。信者である夫に信者でない妻がいて、その妻が一緒にいることを承知している場合は、離婚してはいけません。
13 また、女の人に信者でない夫がいて、その夫が一緒にいることを承知している場合は、離婚してはいけません。
14 なぜなら、信者でない夫は妻によって聖なるものとされており、また、信者でない妻も信者である夫によって聖なるものとされているからです。そうでなかったら、あなたがたの子どもは汚れていることになりますが、実際には聖なるものです。
15 しかし、信者でないほうの者が離れて行くなら、離れて行かせなさい。そのような場合には、信者である夫あるいは妻は、縛られることはありません。神は、平和を得させようとして、あなたがたを召されたのです。
16 妻よ。あなたが夫を救えるかどうか、どうして分かりますか。また、夫よ。あなたが妻を救えるかどうか、どうして分かりますか。
17 ただ、それぞれ主からいただいた分に応じて、また、それぞれ神から召されたときのままの状態で歩むべきです。私はすべての教会に、そのように命じています。
18 召されたとき割礼を受けていたのなら、その跡をなくそうとしてはいけません。また、召されたとき割礼を受けていなかったのなら、割礼を受けてはいけません。
19 割礼は取るに足りないこと、無割礼も取るに足りないことです。重要なのは神の命令を守ることです。
20 それぞれ自分が召されたときの状態にとどまっていなさい。
21 あなたが奴隷の状態で召されたのなら、そのことを気にしてはいけません。しかし、もし自由の身になれるなら、その機会を用いたらよいでしょう。
22 主にあって召された奴隷は、主に属する自由人であり、同じように自由人も、召された者はキリストに属する奴隷だからです。
23 あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。人間の奴隷となってはいけません。
24 兄弟たち、それぞれ召されたときのままの状態で、神の御前にいなさい。
25 未婚の人たちについて、私は主の命令を受けてはいませんが、主のあわれみにより信頼を得ている者として、意見を述べます。
26 差し迫っている危機のゆえに、男はそのままの状態にとどまるのがよい、と私は思います。
27 あなたが妻と結ばれているなら、解こうとしてはいけません。妻と結ばれていないなら、妻を得ようとしてはいけません。
28 しかし、たとえあなたが結婚しても、罪を犯すわけではありません。たとえ未婚の女が結婚しても、罪を犯すわけではありません。ただ、結婚する人たちは、身に苦難を招くでしょう。私はあなたがたを、そのような目にあわせたくないのです。
29 兄弟たち、私は次のことを言いたいのです。時は短くなっています。今からは、妻のいる人は妻のいない人のようにしていなさい。
30 泣いている人は泣いていないかのように、喜んでいる人は喜んでいないかのように、買う人は所有していないかのようにしていなさい。
31 世と関わる人は関わりすぎないようにしなさい。この世の有様は過ぎ去るからです。
32 あなたがたが思い煩わないように、と私は願います。独身の男は、どうすれば主に喜ばれるかと、主のことに心を配ります。
33 しかし、結婚した男は、どうすれば妻に喜ばれるかと世のことに心を配り、
34 心が分かれるのです。独身の女や未婚の女は、身も心も聖なるものになろうとして、主のことに心を配りますが、結婚した女は、どうすれば夫に喜ばれるかと、世のことに心を配ります。
35 私がこう言うのは、あなたがた自身の益のためです。あなたがたを束縛しようとしているのではありません。むしろ、あなたがたが品位ある生活を送って、ひたすら主に奉仕できるようになるためです。
36 ある人が、自分の婚約者に対して品位を欠いたふるまいをしていると思ったら、また、その婚約者が婚期を過ぎようとしていて、結婚すべきだと思うなら、望んでいるとおりにしなさい。罪を犯すわけではありません。二人は結婚しなさい。
37 しかし、心のうちに固く決意し、強いられてではなく、自分の思いを制して、婚約者をそのままにしておこうと自分の心で決意するなら、それは立派なふるまいです。
38 ですから、婚約者と結婚する人は良いことをしており、結婚しない人はもっと良いことをしているのです。
39 妻は、夫が生きている間は夫に縛られています。しかし、夫が死んだら、自分が願う人と結婚する自由があります。ただし、主にある結婚に限ります。
40 しかし、そのままにしていられるなら、そのほうがもっと幸いです。これは私の意見ですが、私も神の御霊をいただいていると思います。

おはようございます。
祈りの家の礼拝用に、新たな週報を作成中。
新しいものを作るって、苦労もあるけど、楽しくもあります。
苦労も楽しみもあるっていう毎日と、苦労も楽しみもないっていう毎日と、どっち選ぶって言われたら?
ボクは前者です(^^)

コリント人への手紙 第一 第6章 

1 あなたがたのうちには、仲間と争いを起こしたら、それを聖徒たちに訴えずに、あえて、正しくない人たちに訴える人がいるのですか。
2 聖徒たちが世界をさばくようになることを、あなたがたは知らないのですか。世界があなたがたによってさばかれるのに、あなたがたには、ごく小さな事件さえもさばく力がないのですか。
3 あなたがたは知らないのですか。私たちは御使いたちをさばくようになります。それなら、日常の事柄は言うまでもないではありませんか。
4 それなのに、日常の事柄で争いが起こると、教会の中で軽んじられている人たちを裁判官に選ぶのですか。
5 私は、あなたがたを恥じ入らせるために、こう言っているのです。あなたがたの中には、兄弟の間を仲裁することができる賢い人が、一人もいないのですか。
6 それで兄弟が兄弟を告訴し、しかも、それを信者でない人たちの前でするのですか。
7 そもそも、互いに訴え合うことが、すでにあなたがたの敗北です。どうして、むしろ不正な行いを甘んじて受けないのですか。どうして、むしろ、だまし取られるままでいないのですか。
8 それどころか、あなたがた自身が不正を行い、だまし取っています。しかも、そのようなことを兄弟たちに対してしています。
9 あなたがたは知らないのですか。正しくない者は神の国を相続できません。思い違いをしてはいけません。淫らな行いをする者、偶像を拝む者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、
10 盗む者、貪欲な者、酒におぼれる者、そしる者、奪い取る者はみな、神の国を相続することができません。
11 あなたがたのうちのある人たちは、以前はそのような者でした。しかし、主イエス・キリストの御名と私たちの神の御霊によって、あなたがたは洗われ、聖なる者とされ、義と認められたのです。
12 「すべてのことが私には許されている」と言いますが、すべてが益になるわけではありません。「すべてのことが私には許されている」と言いますが、私はどんなことにも支配されはしません。
13 「食物は腹のためにあり、腹は食物のためにある」と言いますが、神は、そのどちらも滅ぼされます。からだは淫らな行いのためではなく、主のためにあり、主はからだのためにおられるのです。
14 神は主をよみがえらせましたが、その御力によって私たちも、よみがえらせてくださいます。
15 あなたがたは知らないのですか。あなたがたのからだはキリストのからだの一部なのです。それなのに、キリストのからだの一部を取って、遊女のからだの一部とするのですか。そんなことがあってはなりません。
16 それとも、あなたがたは知らないのですか。遊女と交わる者は、彼女と一つのからだになります。「ふたりは一体となる」と言われているからです。
17 しかし、主と交わる者は、主と一つの霊になるのです。
18 淫らな行いを避けなさい。人が犯す罪はすべて、からだの外のものです。しかし、淫らなことを行う者は、自分のからだに対して罪を犯すのです。
19 あなたがたは知らないのですか。あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分自身のものではありません。
20 あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから、自分のからだをもって神の栄光を現しなさい。

おはようございます。
じっくりとものを考える時間っていうのは、とっても贅沢ですね。
じっくりと神様を想う時間っていうのは、もっともっと贅沢ですね。
今日も、贅沢な一日を過ごしましょう(^^)

コリント人への手紙 第一 第5章  

1 現に聞くところによれば、あなたがたの間には淫らな行いがあり、しかもそれは、異邦人の間にもないほどの淫らな行いで、父の妻を妻にしている者がいるとのことです。
2 それなのに、あなたがたは思い上がっています。むしろ、悲しんで、そのような行いをしている者を、自分たちの中から取り除くべきではなかったのですか。
3 私は、からだは離れていても霊においてはそこにいて、実際にそこにいる者のように、そのような行いをした者をすでにさばきました。
4 すなわち、あなたがたと、私の霊が、私たちの主イエスの名によって、しかも私たちの主イエスの御力とともに集まり、
5 そのような者を、その肉が滅ぼされるようにサタンに引き渡したのです。それによって彼の霊が主の日に救われるためです。
6 あなたがたが誇っているのは、良くないことです。わずかなパン種が、こねた粉全体をふくらませることを、あなたがたは知らないのですか。
7 新しいこねた粉のままでいられるように、古いパン種をすっかり取り除きなさい。あなたがたは種なしパンなのですから。私たちの過越の子羊キリストは、すでに屠られたのです。
8 ですから、古いパン種を用いたり、悪意と邪悪のパン種を用いたりしないで、誠実と真実の種なしパンで祭りをしようではありませんか。
9 私は前の手紙で、淫らな行いをする者たちと付き合わないようにと書きました。
10 それは、この世の淫らな者、貪欲な者、奪い取る者、偶像を拝む者と、いっさい付き合わないようにという意味ではありません。そうだとしたら、この世から出て行かなければならないでしょう。
11 私が今書いたのは、兄弟と呼ばれる者で、淫らな者、貪欲な者、偶像を拝む者、人をそしる者、酒におぼれる者、奪い取る者がいたなら、そのような者とは付き合ってはいけない、一緒に食事をしてもいけない、ということです。
12 外部の人たちをさばくことは、私がすべきことでしょうか。あなたがたがさばくべき者は、内部の人たちではありませんか。
13 外部の人たちは神がおさばきになります。「あなたがたの中からその悪い者を除き去りなさい。」

おはようございます。
昨夜、祈りの家にパソコンを置き忘れてきちゃいました(・・;)
ということで、古いパソコンを引っ張り出して来て、奮闘中です。
わすれもの、気をつけたいですね。

コリント人への手紙 第一 第4章  

1 人は私たちをキリストのしもべ、神の奥義の管理者と考えるべきです。
2 その場合、管理者に要求されることは、忠実だと認められることです。
3 しかし私にとって、あなたがたにさばかれたり、あるいは人間の法廷でさばかれたりすることは、非常に小さなことです。それどころか、私は自分で自分をさばくことさえしません。
4 私には、やましいことは少しもありませんが、だからといって、それで義と認められているわけではありません。私をさばく方は主です。
5 ですから、主が来られるまでは、何についても先走ってさばいてはいけません。主は、闇に隠れたことも明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。そのときに、神からそれぞれの人に称賛が与えられるのです。
6 兄弟たち。私はあなたがたのために、私自身とアポロに当てはめて、以上のことを述べてきました。それは、私たちの例から、「書かれていることを越えない」ことをあなたがたが学ぶため、そして、一方にくみし、他方に反対して思い上がることのないようにするためです。
7 いったいだれが、あなたをほかの人よりもすぐれていると認めるのですか。あなたには、何か、人からもらわなかったものがあるのですか。もしもらったのなら、なぜ、もらっていないかのように誇るのですか。
8 あなたがたは、もう満ち足りています。すでに豊かになっています。私たち抜きで王様になっています。いっそのこと、本当に王様になっていたらよかったのです。そうすれば、私たちもあなたがたとともに、王様になれたでしょうに。
9 私はこう思います。神は私たち使徒を、死罪に決まった者のように、最後の出場者として引き出されました。こうして私たちは、世界に対し、御使いたちにも人々にも見せ物になりました。
10 私たちはキリストのために愚かな者ですが、あなたがたはキリストにあって賢い者です。私たちは弱いのですが、あなたがたは強いのです。あなたがたは尊ばれていますが、私たちは卑しめられています。
11 今この時に至るまで、私たちは飢え、渇き、着る物もなく、ひどい扱いを受け、住む所もなく、
12 労苦して自分の手で働いています。ののしられては祝福し、迫害されては耐え忍び、
13 中傷されては、優しいことばをかけています。私たちはこの世の屑、あらゆるものの、かすになりました。今もそうです。
14 私がこれらのことを書くのは、あなたがたに恥ずかしい思いをさせるためではなく、私の愛する子どもとして諭すためです。
15 たとえあなたがたにキリストにある養育係が一万人いても、父親が大勢いるわけではありません。この私が、福音により、キリスト・イエスにあって、あなたがたを生んだのです。
16 ですから、あなたがたに勧めます。私に倣う者となってください。
17 そのために、私はあなたがたのところにテモテを送りました。テモテは、私が愛する、主にあって忠実な子です。彼は、あらゆるところのあらゆる教会で私が教えているとおりに、キリスト・イエスにある私の生き方を、あなたがたに思い起こさせてくれるでしょう。
18 あなたがたのところに私が行くことはないだろうと考えて、思い上がっている人たちがいます。
19 しかし、主のみこころであれば、すぐにでもあなたがたのところに行きます。そして、思い上がっている人たちの、ことばではなく力を見せてもらいましょう。
20 神の国は、ことばではなく力にあるのです。
21 あなたがたはどちらを望みますか。私があなたがたのところに、むちを持って行くことですか。それとも、愛をもって柔和な心で行くことですか。

おはようございます。
今日も、祈りの家で朝を迎えています。
今日は理事会、一致することが、何より大事です。
主にある一致は、力ですからねぇ(^^)

コリント人への手紙 第一 第3章  

1 兄弟たち。私はあなたがたに、御霊に属する人に対するようには語ることができずに、肉に属する人、キリストにある幼子に対するように語りました。
2 私はあなたがたには乳を飲ませ、固い食物を与えませんでした。あなたがたには、まだ無理だったからです。実は、今でもまだ無理なのです。
3 あなたがたは、まだ肉の人だからです。あなたがたの間にはねたみや争いがあるのですから、あなたがたは肉の人であり、ただの人として歩んでいることにならないでしょうか。
4 ある人は「私はパウロにつく」と言い、別の人は「私はアポロに」と言っているのであれば、あなたがたは、ただの人ではありませんか。
5 アポロとは何なのでしょう。パウロとは何なのでしょう。あなたがたが信じるために用いられた奉仕者であって、主がそれぞれに与えられたとおりのことをしたのです。
6 私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。
7 ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。
8 植える者と水を注ぐ者は一つとなって働き、それぞれ自分の労苦に応じて自分の報酬を受けるのです。
9 私たちは神のために働く同労者であり、あなたがたは神の畑、神の建物です。
10 私は、自分に与えられた神の恵みによって、賢い建築家のように土台を据えました。ほかの人がその上に家を建てるのです。しかし、どのように建てるかは、それぞれが注意しなければなりません。
11 だれも、すでに据えられている土台以外の物を据えることはできないからです。その土台とはイエス・キリストです。
12 だれかがこの土台の上に、金、銀、宝石、木、草、藁で家を建てると、
13 それぞれの働きは明らかになります。「その日」がそれを明るみに出すのです。その日は火とともに現れ、この火が、それぞれの働きがどのようなものかを試すからです。
14 だれかの建てた建物が残れば、その人は報いを受けます。
15 だれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、その人自身は火の中をくぐるようにして助かります。
16 あなたがたは、自分が神の宮であり、神の御霊が自分のうちに住んでおられることを知らないのですか。
17 もし、だれかが神の宮を壊すなら、神がその人を滅ぼされます。神の宮は聖なるものだからです。あなたがたは、その宮です。
18 だれも自分を欺いてはいけません。あなたがたの中に、自分はこの世で知恵のある者だと思う者がいたら、知恵のある者となるために愚かになりなさい。
19 なぜなら、この世の知恵は神の御前では愚かだからです。「神は知恵のある者を、彼ら自身の悪巧みによって捕らえる」と書かれており、
20 また、「主は、知恵のある者の思い計ることがいかに空しいかを、知っておられる」とも書かれています。
21 ですから、だれも人間を誇ってはいけません。すべては、あなたがたのものです。
22 パウロであれ、アポロであれ、ケファであれ、また世界であれ、いのちであれ、死であれ、また現在のものであれ、未来のものであれ、すべてはあなたがたのもの、
23 あなたがたはキリストのもの、キリストは神のものです。

10月のゴスペルハウス聖書通読表をアップします。

大変遅くなってしまって、すみませんでした。


201810.jpg 


今月の聖書箇所は、

ローマ14-16、

第一コリント1-16、

第二コリント1-4

です。


パウロの残した手紙から、あなたへの神様の愛をたっぷり受け取りましょう!


#ゴスペルハウス聖書通読 


おはようございます。
今日まで、予約配信しています。
さすがに今朝は、家に戻っていると思うんですけど・・・
おのぼりさんの、楽しい思い出とともに(^o^)

コリント人への手紙 第一 第2章

1 兄弟たち。私があなたがたのところに行ったとき、私は、すぐれたことばや知恵を用いて神の奥義を宣べ伝えることはしませんでした。
2 なぜなら私は、あなたがたの間で、イエス・キリスト、しかも十字架につけられたキリストのほかには、何も知るまいと決心していたからです。
3 あなたがたのところに行ったときの私は、弱く、恐れおののいていました。
4 そして、私のことばと私の宣教は、説得力のある知恵のことばによるものではなく、御霊と御力の現れによるものでした。
5 それは、あなたがたの信仰が、人間の知恵によらず、神の力によるものとなるためだったのです。
6 しかし私たちは、成熟した人たちの間では知恵を語ります。この知恵は、この世の知恵でも、この世の過ぎ去って行く支配者たちの知恵でもありません。
7 私たちは、奥義のうちにある、隠された神の知恵を語るのであって、その知恵は、神が私たちの栄光のために、世界の始まる前から定めておられたものです。
8 この知恵を、この世の支配者たちは、だれ一人知りませんでした。もし知っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。
9 しかし、このことは、「目が見たことのないもの、耳が聞いたことのないもの、人の心に思い浮かんだことがないものを、神は、神を愛する者たちに備えてくださった」と書いてあるとおりでした。
10 それを、神は私たちに御霊によって啓示してくださいました。御霊はすべてのことを、神の深みさえも探られるからです。
11 人間のことは、その人のうちにある人間の霊のほかに、いったいだれが知っているでしょう。同じように、神のことは、神の霊のほかにはだれも知りません。
12 しかし私たちは、この世の霊を受けたのではなく、神からの霊を受けました。それで私たちは、神が私たちに恵みとして与えてくださったものを知るのです。
13 それについて語るのに、私たちは人間の知恵によって教えられたことばではなく、御霊に教えられたことばを用います。その御霊のことばによって御霊のことを説明するのです。
14 生まれながらの人間は、神の御霊に属することを受け入れません。それらはその人には愚かなことであり、理解することができないのです。御霊に属することは御霊によって判断するものだからです。
15 御霊を受けている人はすべてのことを判断しますが、その人自身はだれによっても判断されません。
16 「だれが主の心を知り、主に助言するというのですか。」しかし、私たちはキリストの心を持っています。

おはようございます。
今日から、コリント人への手紙です。
神様の愛を、たっぷり味わいましょう。
本日、ボクはどこにいるのか?
予約配信時点では、未定です(^^)

コリント人への手紙 第一 第1章

1 神のみこころによりキリスト・イエスの使徒として召されたパウロと、兄弟ソステネから、
2 コリントにある神の教会へ。すなわち、いたるところで私たちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人とともに、キリスト・イエスにあって聖なる者とされ、聖徒として召された方々へ。主はそのすべての人の主であり、私たちの主です。
3 私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたにありますように。
4 私は、キリスト・イエスにあってあなたがたに与えられた神の恵みのゆえに、あなたがたのことをいつも私の神に感謝しています。
5 あなたがたはすべての点で、あらゆることばとあらゆる知識において、キリストにあって豊かな者とされました。
6 キリストについての証しが、あなたがたの中で確かなものとなったからです。
7 その結果、あなたがたはどんな賜物にも欠けることがなく、熱心に私たちの主イエス・キリストの現れを待ち望むようになっています。
8 主はあなたがたを最後まで堅く保って、私たちの主イエス・キリストの日に責められるところがない者としてくださいます。
9 神は真実です。その神に召されて、あなたがたは神の御子、私たちの主イエス・キリストとの交わりに入れられたのです。
10 さて、兄弟たち、私たちの主イエス・キリストの名によって、あなたがたにお願いします。どうか皆が語ることを一つにして、仲間割れせず、同じ心、同じ考えで一致してください。
11 私の兄弟たち。実は、あなたがたの間に争いがあると、クロエの家の者から知らされました。
12 あなたがたはそれぞれ、「私はパウロにつく」「私はアポロに」「私はケファに」「私はキリストに」と言っているとのことです。
13 キリストが分割されたのですか。パウロがあなたがたのために十字架につけられたのですか。あなたがたはパウロの名によってバプテスマを受けたのですか。
14 私は神に感謝しています。私はクリスポとガイオのほか、あなたがたのだれにもバプテスマを授けませんでした。
15 ですから、あなたがたが私の名によってバプテスマを受けたとは、だれも言えないのです。
16 もっとも、ステファナの家の者たちにもバプテスマを授けましたが、そのほかにはだれにも授けた覚えはありません。
17 キリストが私を遣わされたのは、バプテスマを授けるためではなく、福音を、ことばの知恵によらずに宣べ伝えるためでした。これはキリストの十字架が空しくならないようにするためです。
18 十字架のことばは、滅びる者たちには愚かであっても、救われる私たちには神の力です。
19 「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、悟りある者の悟りを消し去る」と書いてあるからです。
20 知恵ある者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の論客はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。
21 神の知恵により、この世は自分の知恵によって神を知ることがありませんでした。それゆえ神は、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救うことにされたのです。
22 ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシア人は知恵を追求します。
23 しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えます。ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かなことですが、
24 ユダヤ人であってもギリシア人であっても、召された者たちにとっては、神の力、神の知恵であるキリストです。
25 神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。
26 兄弟たち、自分たちの召しのことを考えてみなさい。人間的に見れば知者は多くはなく、力ある者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。
27 しかし神は、知恵ある者を恥じ入らせるために、この世の愚かな者を選び、強い者を恥じ入らせるために、この世の弱い者を選ばれました。
28 有るものを無いものとするために、この世の取るに足りない者や見下されている者、すなわち無に等しい者を神は選ばれたのです。
29 肉なる者がだれも神の御前で誇ることがないようにするためです。
30 しかし、あなたがたは神によってキリスト・イエスのうちにあります。キリストは、私たちにとって神からの知恵、すなわち、義と聖と贖いになられました。
31 「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。

おはようございます。
24節に《私たちの主イエス・キリストの恵みがあなたがたすべてとともにありますように。アーメン。》が、書かれた異本もあるそうです。
そして、25節以降のないものもあるそうです。

おのぼりさん3日目、今日帰宅するのか、もう一泊するのか、出発時点では未定だったので、ドキドキしながら予約配信です。

本日の予定
午後7時~ となりびと 礼拝メッセージ
(お茶の水クリスチャンセンター404)

ローマ人への手紙 第16章

1 私たちの姉妹で、ケンクレアにある教会の奉仕者であるフィベを、あなたがたに推薦します。
2 どうか、聖徒にふさわしく、主にあって彼女を歓迎し、あなたがたの助けが必要であれば、どんなことでも助けてあげてください。彼女は、多くの人々の支援者で、私自身の支援者でもあるのです。
3 キリスト・イエスにある私の同労者、プリスカとアキラによろしく伝えてください。
4 二人は、私のいのちを救うために自分のいのちを危険にさらしてくれました。彼らには、私だけでなく、異邦人のすべての教会も感謝しています。
5 また彼らの家の教会によろしく伝えてください。キリストに献げられたアジアの初穂である、私の愛するエパイネトによろしく。
6 あなたがたのために非常に労苦したマリアによろしく。
7 私の同胞で私とともに投獄されたアンドロニコとユニアによろしく。二人は使徒たちの間でよく知られており、また私より先にキリストにある者となりました。
8 主にあって私の愛するアンプリアトによろしく。
9 キリストにある私たちの同労者ウルバノと、私の愛するスタキスによろしく。
10 キリストにあって認められているアペレによろしく。アリストブロの家の人々によろしく。
11 私の同胞ヘロディオンによろしく。ナルキソの家の主にある人々によろしく。
12 主にあって労苦している、トリファイナとトリフォサによろしく。主にあって非常に労苦した愛するペルシスによろしく。
13 主にあって選ばれた人ルフォスによろしく。また彼と私の母によろしく。
14 アシンクリト、フレゴン、ヘルメス、パトロバ、ヘルマス、および彼らとともにいる兄弟たちによろしく。
15 フィロロゴとユリア、ネレウスとその姉妹、またオリンパ、および彼らとともにいるすべての聖徒たちによろしく。
16 あなたがたは聖なる口づけをもって互いにあいさつを交わしなさい。すべてのキリストの教会が、あなたがたによろしくと言っています。
17 兄弟たち、私はあなたがたに勧めます。あなたがたの学んだ教えに背いて、分裂とつまずきをもたらす者たちを警戒しなさい。彼らから遠ざかりなさい。
18 そのような者たちは、私たちの主キリストにではなく、自分の欲望に仕えているのです。彼らは、滑らかなことば、へつらいのことばをもって純朴な人たちの心をだましています。
19 あなたがたの従順は皆の耳に届いています。ですから、私はあなたがたのことを喜んでいますが、なお私が願うのは、あなたがたが善にはさとく、悪にはうとくあることです。
20 平和の神は、速やかに、あなたがたの足の下でサタンを踏み砕いてくださいます。どうか、私たちの主イエスの恵みが、あなたがたとともにありますように。
21 私の同労者テモテ、また私の同胞、ルキオとヤソンとソシパテロが、あなたがたによろしくと言っています。
22 この手紙を筆記した私テルティオも、主にあってあなたがたにごあいさつ申し上げます。
23 私と教会全体の家主であるガイオも、あなたがたによろしくと言っています。市の会計係エラストと兄弟クアルトもよろしくと言っています。
25 〔私の福音、すなわち、イエス・キリストを伝える宣教によって、また、世々にわたって隠されていた奥義の啓示によって──
26 永遠の神の命令にしたがい、預言者たちの書を通して今や明らかにされ、すべての異邦人に信仰の従順をもたらすために知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを強くすることができる方、
27 知恵に富む唯一の神に、イエス・キリストによって、栄光がとこしえまでありますように。アーメン。〕

おはようございます。
ボクは、不登校もフリースクールも、肯定します。
もちろん、学校に通うことも、肯定します。
それぞれの場所で、愛の交わりがあったら、成長の糧があったら、いいと思うんです。
方法も場所も、ひとつっきりじゃないですから。
あ、救いはひとつっきりですけどね。

本日の予定
午後0時15分~ TPC お昼の礼拝
(お茶の水クリスチャンセンター404)
午後4時~ 工事(^o^)

ローマ人への手紙 第15章

1 私たち力のある者たちは、力のない人たちの弱さを担うべきであり、自分を喜ばせるべきではありません。
2 私たちは一人ひとり、霊的な成長のため、益となることを図って隣人を喜ばせるべきです。
3 キリストもご自分を喜ばせることはなさいませんでした。むしろ、「あなたを嘲る者たちの嘲りが、わたしに降りかかった」と書いてあるとおりです。
4 かつて書かれたものはすべて、私たちを教えるために書かれました。それは、聖書が与える忍耐と励ましによって、私たちが希望を持ち続けるためです。
5 どうか、忍耐と励ましの神があなたがたに、キリスト・イエスにふさわしく、互いに同じ思いを抱かせてくださいますように。
6 そうして、あなたがたが心を一つにし、声を合わせて、私たちの主イエス・キリストの父である神をほめたたえますように。
7 ですから、神の栄光のために、キリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに受け入れ合いなさい。
8 私は言います。キリストは、神の真理を現すために、割礼のある者たちのしもべとなられました。父祖たちに与えられた約束を確証するためであり、
9 また異邦人もあわれみのゆえに、神をあがめるようになるためです。「それゆえ、私は異邦人の間であなたをほめたたえます。あなたの御名をほめ歌います」と書いてあるとおりです。
10 また、こう言われています。「異邦人よ、主の民とともに喜べ。」
11 さらに、こうあります。「すべての異邦人よ、主をほめよ。すべての国民が、主をたたえるように。」
12 さらにまたイザヤは、「エッサイの根が起こる。異邦人を治めるために立ち上がる方が。異邦人はこの方に望みを置く」と言っています。
13 どうか、希望の神が、信仰によるすべての喜びと平安であなたがたを満たし、聖霊の力によって希望にあふれさせてくださいますように。
14 私の兄弟たちよ。あなたがた自身、善意にあふれ、あらゆる知識に満たされ、互いに訓戒し合うことができると、この私も確信しています。
15 ただ、あなたがたにもう一度思い起こしてもらうために、私は所々かなり大胆に書きました。私は、神が与えてくださった恵みのゆえに、
16 異邦人のためにキリスト・イエスに仕える者となったからです。私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。それは異邦人が、聖霊によって聖なるものとされた、神に喜ばれるささげ物となるためです。
17 ですから、神への奉仕について、私はキリスト・イエスにあって誇りを持っています。
18 私は、異邦人を従順にするため、キリストが私を用いて成し遂げてくださったこと以外に、何かをあえて話そうとは思いません。キリストは、ことばと行いにより、
19 また、しるしと不思議を行う力と、神の御霊の力によって、それらを成し遂げてくださいました。こうして、私はエルサレムから始めて、イルリコに至るまでを巡り、キリストの福音をくまなく伝えました。
20 このように、ほかの人が据えた土台の上に建てないように、キリストの名がまだ語られていない場所に福音を宣べ伝えることを、私は切に求めているのです。
21 こう書かれているとおりです。「彼のことを告げられていなかった人々が見るようになり、聞いたことのなかった人々が悟るようになる。」
22 そういうわけで、私は、あなたがたのところに行くのを何度も妨げられてきました。
23 しかし今は、もうこの地方に私が働くべき場所はありません。また、イスパニアに行く場合は、あなたがたのところに立ち寄ることを長年切望してきたので、
24 旅の途中であなたがたを訪問し、しばらくの間あなたがたとともにいて、まず心を満たされてから、あなたがたに送られてイスパニアに行きたいと願っています。
25 しかし今は、聖徒たちに奉仕するために、私はエルサレムに行きます。
26 それは、マケドニアとアカイアの人々が、エルサレムの聖徒たちの中の貧しい人たちのために、喜んで援助をすることにしたからです。
27 彼らは喜んでそうすることにしたのですが、聖徒たちに対してそうする義務もあります。異邦人は彼らの霊的なものにあずかったのですから、物質的なもので彼らに奉仕すべきです。
28 それで私はこのことを済ませ、彼らにこの実を確かに渡してから、あなたがたのところを通ってイスパニアに行くことにします。
29 あなたがたのところに行くときは、キリストの祝福に満ちあふれて行くことになると分かっています。
30 兄弟たち。私たちの主イエス・キリストによって、また、御霊の愛によってお願いします。私のために、私とともに力を尽くして、神に祈ってください。
31 私がユダヤにいる不信仰な人々から救い出され、エルサレムに対する私の奉仕が聖徒たちに受け入れられるように、
32 また、神のみこころにより、喜びをもってあなたがたのところに行き、あなたがたとともに、憩いを得ることができるように、祈ってください。
33 どうか、平和の神が、あなたがたすべてとともにいてくださいますように。アーメン。

おはようございます。
今日から、晴と二人でおのぼりさんです。
とは言っても、別々の場所に泊まって、ほとんどが別行動なんですけど。
ということで、この配信も、予約配信です。
きっと今頃は、高速道路を走っていることと思います。

本日の予定
午後2時~ ホームカミングミニストリー 礼拝メッセージ
(お茶の水クリスチャンセンター404)

ローマ人への手紙 第14章

1 信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見をさばいてはいけません。
2 ある人は何を食べてもよいと信じていますが、弱い人は野菜しか食べません。
3 食べる人は食べない人を見下してはいけないし、食べない人も食べる人をさばいてはいけません。神がその人を受け入れてくださったのです。
4 他人のしもべをさばくあなたは何者ですか。しもべが立つか倒れるか、それは主人次第です。しかし、しもべは立ちます。主は、彼を立たせることがおできになるからです。
5 ある日を別の日よりも大事だと考える人もいれば、どの日も大事だと考える人もいます。それぞれ自分の心の中で確信を持ちなさい。
6 特定の日を尊ぶ人は、主のために尊んでいます。食べる人は、主のために食べています。神に感謝しているからです。食べない人も主のために食べないのであって、神に感謝しているのです。
7 私たちの中でだれ一人、自分のために生きている人はなく、自分のために死ぬ人もいないからです。
8 私たちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死にます。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。
9 キリストが死んでよみがえられたのは、死んだ人にも生きている人にも、主となるためです。
10 それなのに、あなたはどうして、自分の兄弟をさばくのですか。どうして、自分の兄弟を見下すのですか。私たちはみな、神のさばきの座に立つことになるのです。
11 次のように書かれています。「わたしは生きている──主のことば──。すべての膝は、わたしに向かってかがめられ、すべての舌は、神に告白する。」
12 ですから、私たちはそれぞれ自分について、神に申し開きをすることになります。
13 こういうわけで、私たちはもう互いにさばき合わないようにしましょう。いや、むしろ、兄弟に対して妨げになるもの、つまずきになるものを置くことはしないと決心しなさい。
14 私は主イエスにあって知り、また確信しています。それ自体で汚れているものは何一つありません。ただ、何かが汚れていると考える人には、それは汚れたものなのです。
15 もし、食べ物のことで、あなたの兄弟が心を痛めているなら、あなたはもはや愛によって歩んではいません。キリストが代わりに死んでくださった、そのような人を、あなたの食べ物のことで滅ぼさないでください。
16 ですから、あなたがたが良いとしていることで、悪く言われないようにしなさい。
17 なぜなら、神の国は食べたり飲んだりすることではなく、聖霊による義と平和と喜びだからです。
18 このようにキリストに仕える人は、神に喜ばれ、人々にも認められるのです。
19 ですから、私たちは、平和に役立つことと、お互いの霊的成長に役立つことを追い求めましょう。
20 食べ物のために神のみわざを台無しにしてはいけません。すべての食べ物はきよいのです。しかし、それを食べて人につまずきを与えるような者にとっては、悪いものなのです。
21 肉を食べず、ぶどう酒を飲まず、あなたの兄弟がつまずくようなことをしないのは良いことです。
22 あなたが持っている信仰は、神の御前で自分の信仰として持っていなさい。自分が良いと認めていることで自分自身をさばかない人は幸いです
23 しかし、疑いを抱く人が食べるなら、罪ありとされます。なぜなら、それは信仰から出ていないからです。信仰から出ていないことは、みな罪です。

おはようございます。
来週の月曜日から3日間(か4日間)、おのぼりさんします。
今回は、長男ハレルとふたり旅。
ということで、予約配信になります。
無事配信されますように。

ローマ人への手紙 第13章

1 人はみな、上に立つ権威に従うべきです。神によらない権威はなく、存在している権威はすべて、神によって立てられているからです。
2 したがって、権威に反抗する者は、神の定めに逆らうのです。逆らう者は自分の身にさばきを招きます。
3 支配者を恐ろしいと思うのは、良い行いをするときではなく、悪を行うときです。権威を恐ろしいと思いたくなければ、善を行いなさい。そうすれば、権威から称賛されます。
4 彼はあなたに益を与えるための、神のしもべなのです。しかし、もしあなたが悪を行うなら、恐れなければなりません。彼は無意味に剣を帯びてはいないからです。彼は神のしもべであって、悪を行う人には怒りをもって報います。
5 ですから、怒りが恐ろしいからだけでなく、良心のためにも従うべきです。
6 同じ理由で、あなたがたは税金も納めるのです。彼らは神の公僕であり、その務めに専念しているのです。
7 すべての人に対して義務を果たしなさい。税金を納めるべき人には税金を納め、関税を納めるべき人には関税を納め、恐れるべき人を恐れ、敬うべき人を敬いなさい。
8 だれに対しても、何の借りもあってはいけません。ただし、互いに愛し合うことは別です。他の人を愛する者は、律法の要求を満たしているのです。
9 「姦淫してはならない。殺してはならない。盗んではならない。隣人のものを欲してはならない」という戒め、またほかのどんな戒めであっても、それらは、「あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい」ということばに要約されるからです。
10 愛は隣人に対して悪を行いません。それゆえ、愛は律法の要求を満たすものです。
11 さらにあなたがたは、今がどのような時であるか知っています。あなたがたが眠りからさめるべき時刻が、もう来ているのです。私たちが信じたときよりも、今は救いがもっと私たちに近づいているのですから。
12 夜は深まり、昼は近づいて来ました。ですから私たちは、闇のわざを脱ぎ捨て、光の武具を身に着けようではありませんか。
13 遊興や泥酔、淫乱や好色、争いやねたみの生活ではなく、昼らしい、品位のある生き方をしようではありませんか。
14 主イエス・キリストを着なさい。欲望を満たそうと、肉に心を用いてはいけません。

おはようございます。
1節の「それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。」っていう言葉、大好きです(^^)

ローマ人への手紙 第12章

1 ですから、兄弟たち、私は神のあわれみによって、あなたがたに勧めます。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、聖なる生きたささげ物として献げなさい。それこそ、あなたがたにふさわしい礼拝です。
2 この世と調子を合わせてはいけません。むしろ、心を新たにすることで、自分を変えていただきなさい。そうすれば、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に喜ばれ、完全であるのかを見分けるようになります。
3 私は、自分に与えられた恵みによって、あなたがた一人ひとりに言います。思うべき限度を超えて思い上がってはいけません。むしろ、神が各自に分け与えてくださった信仰の量りに応じて、慎み深く考えなさい。
4 一つのからだには多くの器官があり、しかも、すべての器官が同じ働きをしてはいないように、
5 大勢いる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、一人ひとりは互いに器官なのです。
6 私たちは、与えられた恵みにしたがって、異なる賜物を持っているので、それが預言であれば、その信仰に応じて預言し、
7 奉仕であれば奉仕し、教える人であれば教え、
8 勧めをする人であれば勧め、分け与える人は惜しまずに分け与え、指導する人は熱心に指導し、慈善を行う人は喜んでそれを行いなさい。
9 愛には偽りがあってはなりません。悪を憎み、善から離れないようにしなさい。
10 兄弟愛をもって互いに愛し合い、互いに相手をすぐれた者として尊敬し合いなさい。
11 勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えなさい。
12 望みを抱いて喜び、苦難に耐え、ひたすら祈りなさい。
13 聖徒たちの必要をともに満たし、努めて人をもてなしなさい。
14 あなたがたを迫害する者たちを祝福しなさい。祝福すべきであって、呪ってはいけません。
15 喜んでいる者たちとともに喜び、泣いている者たちとともに泣きなさい。
16 互いに一つ心になり、思い上がることなく、むしろ身分の低い人たちと交わりなさい。自分を知恵のある者と考えてはいけません。
17 だれに対しても悪に悪を返さず、すべての人が良いと思うことを行うように心がけなさい。
18 自分に関することについては、できる限り、すべての人と平和を保ちなさい。
19 愛する者たち、自分で復讐してはいけません。神の怒りにゆだねなさい。こう書かれているからです。「復讐はわたしのもの。わたしが報復する。」主はそう言われます。
20 次のようにも書かれています。「もしあなたの敵が飢えているなら食べさせ、渇いているなら飲ませよ。なぜなら、こうしてあなたは彼の頭上に燃える炭火を積むことになるからだ。
21 悪に負けてはいけません。むしろ、善をもって悪に打ち勝ちなさい。

おはようございます。
今日は、白河市まで、家庭集会に行ってきます。
御言葉を待つ人がいるなら、ボクが行ける場所なら、喜んで行きまから。
ご希望の方は、ご一報ください(^^)

ローマ人への手紙 第11章

1 それでは尋ねますが、神はご自分の民を退けられたのでしょうか。決してそんなことはありません。この私もイスラエル人で、アブラハムの子孫、ベニヤミン族の出身です。
2 神は、前から知っていたご自分の民を退けられたのではありません。それとも、聖書がエリヤの箇所で言っていることを、あなたがたは知らないのですか。エリヤはイスラエルを神に訴えています。
3 「主よ。彼らはあなたの預言者たちを殺し、あなたの祭壇を壊しました。ただ私だけが残りましたが、彼らは私のいのちを狙っています。」
4 しかし、神が彼に告げられたことは何だったでしょうか。「わたしは、わたし自身のために、男子七千人を残している。これらの者は、バアルに膝をかがめなかった者たちである。」
5 ですから、同じように今この時にも、恵みの選びによって残された者たちがいます。
6 恵みによるのであれば、もはや行いによるのではありません。そうでなければ、恵みが恵みでなくなります。
7 では、どうなのでしょうか。イスラエルは追い求めていたものを手に入れず、選ばれた者たちが手に入れました。ほかの者たちは頑なにされたのです。
8 「神は今日に至るまで、彼らに鈍い心と見ない目と聞かない耳を与えられた」と書いてあるとおりです。
9 ダビデもこう言っています。「彼らの食卓が、彼らにとって罠となり、落とし穴となり、つまずきとなり、報いとなりますように。
10 彼らの目が暗くなり、見えなくなりますように。その腰をいつも曲げておいてください。」
11 それでは尋ねますが、彼らがつまずいたのは倒れるためでしょうか。決してそんなことはありません。かえって、彼らの背きによって、救いが異邦人に及び、イスラエルにねたみを起こさせました。
12 彼らの背きが世界の富となり、彼らの失敗が異邦人の富となるのなら、彼らがみな救われることは、どんなにすばらしいものをもたらすことでしょう。
13 そこで、異邦人であるあなたがたに言いますが、私は異邦人への使徒ですから、自分の務めを重く受けとめています。
14 私は何とかして自分の同胞にねたみを起こさせて、彼らのうち何人かでも救いたいのです。
15 もし彼らの捨てられることが世界の和解となるなら、彼らが受け入れられることは、死者の中からのいのちでなくて何でしょうか。
16 麦の初穂が聖なるものであれば、こねた粉もそうなのです。根が聖なるものであれば、枝もそうなのです。
17 枝の中のいくつかが折られ、野生のオリーブであるあなたがその枝の間に接ぎ木され、そのオリーブの根から豊かな養分をともに受けているのなら、
18 あなたはその枝に対して誇ってはいけません。たとえ誇るとしても、あなたが根を支えているのではなく、根があなたを支えているのです。
19 すると、あなたは「枝が折られたのは、私が接ぎ木されるためだった」と言うでしょう。
20 そのとおりです。彼らは不信仰によって折られましたが、あなたは信仰によって立っています。思い上がることなく、むしろ恐れなさい。
21 もし神が本来の枝を惜しまなかったとすれば、あなたをも惜しまれないでしょう。
22 ですから見なさい、神のいつくしみと厳しさを。倒れた者の上にあるのは厳しさですが、あなたの上にあるのは神のいつくしみです。ただし、あなたがそのいつくしみの中にとどまっていればであって、そうでなければ、あなたも切り取られます。
23 あの人たちも、もし不信仰の中に居続けないなら、接ぎ木されます。神は、彼らを再び接ぎ木することがおできになるのです。
24 あなたが、本来野生であるオリーブから切り取られ、元の性質に反して、栽培されたオリーブに接ぎ木されたのであれば、本来栽培された枝であった彼らは、もっとたやすく自分の元のオリーブに接ぎ木されるはずです。
25 兄弟たち。あなたがたが自分を知恵のある者と考えないようにするために、この奥義を知らずにいてほしくはありません。イスラエル人の一部が頑なになったのは異邦人の満ちる時が来るまでであり、
26 こうして、イスラエルはみな救われるのです。「救い出す者がシオンから現れ、ヤコブから不敬虔を除き去る。
27 これこそ、彼らと結ぶわたしの契約、すなわち、わたしが彼らの罪を取り除く時である」と書いてあるとおりです。
28 彼らは、福音に関して言えば、あなたがたのゆえに、神に敵対している者ですが、選びに関して言えば、父祖たちのゆえに、神に愛されている者です。
29 神の賜物と召命は、取り消されることがないからです。
30 あなたがたは、かつては神に不従順でしたが、今は彼らの不従順のゆえに、あわれみを受けています。
31 それと同じように、彼らも今は、あなたがたの受けたあわれみのゆえに不従順になっていますが、それは、彼ら自身も今あわれみを受けるためです。
32 神は、すべての人を不従順のうちに閉じ込めましたが、それはすべての人をあわれむためだったのです。
33 ああ、神の知恵と知識の富は、なんと深いことでしょう。神のさばきはなんと知り尽くしがたく、神の道はなんと極めがたいことでしょう。
34 「だれが主の心を知っているのですか。だれが主の助言者になったのですか。
35 だれがまず主に与え、主から報いを受けるのですか。」
36 すべてのものが神から発し、神によって成り、神に至るのです。この神に、栄光がとこしえにありますように。アーメン。

おはようございます。
昨日は、午前中にフルート礼拝を祈りの家でして、午後はダヴィとほまれの演劇教室の定期公演でした。
めいっぱい、芸能な一日で、夢もゴージャスかなと思ったけど、夢を見ませんでした(笑)

ローマ人への手紙 第10章

1 兄弟たちよ。私の心の願い、彼らのために神にささげる祈りは、彼らの救いです。
2 私は、彼らが神に対して熱心であることを証ししますが、その熱心は知識に基づくものではありません。
3 彼らは神の義を知らずに、自らの義を立てようとして、神の義に従わなかったのです。
4 律法が目指すものはキリストです。それで、義は信じる者すべてに与えられるのです。
5 モーセは、律法による義について、「律法の掟を行う人は、その掟によって生きる」と書いています。
6 しかし、信仰による義はこう言います。「あなたは心の中で、『だれが天に上るのか』と言ってはならない。」それはキリストを引き降ろすことです。
7 また、「『だれが深みに下るのか』と言ってはならない。」それはキリストを死者の中から引き上げることです。
8 では、何と言っていますか。「みことばは、あなたの近くにあり、あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは、私たちが宣べ伝えている信仰のことばのことです。
9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われるからです。
10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。
11 聖書はこう言っています。「この方に信頼する者は、だれも失望させられることがない。」
12 ユダヤ人とギリシア人の区別はありません。同じ主がすべての人の主であり、ご自分を呼び求めるすべての人に豊かに恵みをお与えになるからです。
13 「主の御名を呼び求める者はみな救われる」のです。
14 しかし、信じたことのない方を、どのようにして呼び求めるのでしょうか。聞いたことのない方を、どのようにして信じるのでしょうか。宣べ伝える人がいなければ、どのようにして聞くのでしょうか。
15 遣わされることがなければ、どのようにして宣べ伝えるのでしょうか。「なんと美しいことか、良い知らせを伝える人たちの足は」と書いてあるようにです。
16 しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。「主よ。私たちが聞いたことを、だれが信じたか」とイザヤは言っています。
17 ですから、信仰は聞くことから始まります。聞くことは、キリストについてのことばを通して実現するのです。
18 では、私は尋ねます。彼らは聞かなかったのでしょうか。いいえ、むしろ、「その響きは全地に、そのことばは、世界の果てまで届いた」のです。
19 では、私は尋ねます。イスラエルは知らなかったのでしょうか。まず、モーセがこう言っています。「わたしは、民でない者たちであなたがたのねたみを引き起こし、愚かな国民であなたがたの怒りを燃えさせる。」
20 また、イザヤは大胆にもこう言っています。「わたしを探さなかった者たちにわたしは見出され、わたしを尋ねなかった者たちに自分を現した。」
21 そして、イスラエルのことをこう言っています。「わたしは終日、手を差し伸べた。不従順で反抗する民に対して。」

おはようございます。
あなたが、神様を思い通りにするのか。
それとも、神様が、あなたを思い通りにするのか。
あなたが望むのは、どっち?

ローマ人への手紙 第9章

1 私はキリストにあって真実を語り、偽りを言いません。私の良心も、聖霊によって私に対し証ししていますが、
2 私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えず痛みがあります。
3 私は、自分の兄弟たち、肉による自分の同胞のためなら、私自身がキリストから引き離されて、のろわれた者となってもよいとさえ思っています。
4 彼らはイスラエル人です。子とされることも、栄光も、契約も、律法の授与も、礼拝も、約束も彼らのものです。
5 父祖たちも彼らのものです。キリストも、肉によれば彼らから出ました。キリストは万物の上にあり、とこしえにほむべき神です。アーメン。
6 しかし、神のことばは無効になったわけではありません。イスラエルから出た者がみな、イスラエルではないからです。
7 アブラハムの子どもたちがみな、アブラハムの子孫だということではありません。むしろ、「イサクにあって、あなたの子孫が起こされる」からです。
8 すなわち、肉の子どもがそのまま神の子どもなのではなく、むしろ、約束の子どもが子孫と認められるのです。
9 約束のみことばはこうです。「わたしは来年の今ごろ来ます。そのとき、サラには男の子が生まれています。」
10 それだけではありません。一人の人、すなわち私たちの父イサクによって身ごもったリベカの場合もそうです。
11 その子どもたちがまだ生まれもせず、善も悪も行わないうちに、選びによる神のご計画が、
12 行いによるのではなく、召してくださる方によって進められるために、「兄が弟に仕える」と彼女に告げられました。
13 「わたしはヤコブを愛し、エサウを憎んだ」と書かれているとおりです。
14 それでは、どのように言うべきでしょうか。神に不正があるのでしょうか。決してそんなことはありません。
15 神はモーセに言われました。「わたしはあわれもうと思う者をあわれみ、いつくしもうと思う者をいつくしむ。」
16 ですから、これは人の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。
17 聖書はファラオにこう言っています。「このことのために、わたしはあなたを立てておいた。わたしの力をあなたに示すため、そうして、わたしの名を全地に知らしめるためである。」
18 ですから、神は人をみこころのままにあわれみ、またみこころのままに頑なにされるのです。
19 すると、あなたは私にこう言うでしょう。「それではなぜ、神はなおも人を責められるのですか。だれが神の意図に逆らえるのですか。」
20 人よ。神に言い返すあなたは、いったい何者ですか。造られた者が造った者に「どうして私をこのように造ったのか」と言えるでしょうか。
21 陶器師は同じ土のかたまりから、あるものは尊いことに用いる器に、別のものは普通の器に作る権利を持っていないのでしょうか。
22 それでいて、もし神が、御怒りを示してご自分の力を知らせようと望んでおられたのに、滅ぼされるはずの怒りの器を、豊かな寛容をもって耐え忍ばれたとすれば、どうですか。
23 しかもそれが、栄光のためにあらかじめ備えられたあわれみの器に対して、ご自分の豊かな栄光を知らせるためであったとすれば、どうですか。
24 このあわれみの器として、神は私たちを、ユダヤ人の中からだけでなく、異邦人の中からも召してくださったのです。
25 それは、ホセアの書でも神が言っておられるとおりです。「わたしは、わたしの民でない者をわたしの民と呼び、愛されない者を愛される者と呼ぶ。
26 あなたがたはわたしの民ではない、と言われたその場所で、彼らは生ける神の子らと呼ばれる。」
27 イザヤはイスラエルについてこう叫んでいます。「たとえ、イスラエルの子らの数が海の砂のようであっても、残りの者だけが救われる。
28 主が、語られたことを完全に、かつ速やかに、地の上で行おうとしておられる。」
29 また、イザヤがあらかじめ告げたとおりです。「もしも、万軍の主が、私たちに子孫を残されなかったなら、私たちもソドムのようになり、ゴモラと同じようになっていたであろう。」
30 それでは、どのように言うべきでしょうか。義を追い求めなかった異邦人が義を、すなわち、信仰による義を得ました。
31 しかし、イスラエルは、義の律法を追い求めていたのに、その律法に到達しませんでした。
32 なぜでしょうか。信仰によってではなく、行いによるかのように追い求めたからです。彼らは、つまずきの石につまずいたのです。
33 「見よ、わたしはシオンに、つまずきの石、妨げの岩を置く。この方に信頼する者は失望させられることがない」と書いてあるとおりです。

おはようございます。
競技者は、競い合います。
だって、競技中だから。
勝利者は、競い合いません。
だって、もう勝利しているから。
こう思うだけで、かなりリラックスできますよ。

ローマ人への手紙 第8章

1 こういうわけで、今や、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。
2 なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の律法が、罪と死の律法からあなたを解放したからです。
3 肉によって弱くなったため、律法にできなくなったことを、神はしてくださいました。神はご自分の御子を、罪深い肉と同じような形で、罪のきよめのために遣わし、肉において罪を処罰されたのです。
4 それは、肉に従わず御霊に従って歩む私たちのうちに、律法の要求が満たされるためなのです。
5 肉に従う者は肉に属することを考えますが、御霊に従う者は御霊に属することを考えます。
6 肉の思いは死ですが、御霊の思いはいのちと平安です。
7 なぜなら、肉の思いは神に敵対するからです。それは神の律法に従いません。いや、従うことができないのです。
8 肉のうちにある者は神を喜ばせることができません。
9 しかし、もし神の御霊があなたがたのうちに住んでおられるなら、あなたがたは肉のうちにではなく、御霊のうちにいるのです。もし、キリストの御霊を持っていない人がいれば、その人はキリストのものではありません。
10 キリストがあなたがたのうちにおられるなら、からだは罪のゆえに死んでいても、御霊が義のゆえにいのちとなっています。
11 イエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリストを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられるご自分の御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだも生かしてくださいます。
12 ですから、兄弟たちよ、私たちには義務があります。肉に従って生きなければならないという、肉に対する義務ではありません。
13 もし肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬことになります。しかし、もし御霊によってからだの行いを殺すなら、あなたがたは生きます。
14 神の御霊に導かれる人はみな、神の子どもです。
15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れる、奴隷の霊を受けたのではなく、子とする御霊を受けたのです。この御霊によって、私たちは「アバ、父」と叫びます。
16 御霊ご自身が、私たちの霊とともに、私たちが神の子どもであることを証ししてくださいます。
17 子どもであるなら、相続人でもあります。私たちはキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているのですから、神の相続人であり、キリストとともに共同相続人なのです。
18 今の時の苦難は、やがて私たちに啓示される栄光に比べれば、取るに足りないと私は考えます。
19 被造物は切実な思いで、神の子どもたちが現れるのを待ち望んでいます。
20 被造物が虚無に服したのは、自分の意志からではなく、服従させた方によるものなので、彼らには望みがあるのです。
21 被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由にあずかります。
22 私たちは知っています。被造物のすべては、今に至るまで、ともにうめき、ともに産みの苦しみをしています。
23 それだけでなく、御霊の初穂をいただいている私たち自身も、子にしていただくこと、すなわち、私たちのからだが贖われることを待ち望みながら、心の中でうめいています。
24 私たちは、この望みとともに救われたのです。目に見える望みは望みではありません。目で見ているものを、だれが望むでしょうか。
25 私たちはまだ見ていないものを望んでいるのですから、忍耐して待ち望みます。
26 同じように御霊も、弱い私たちを助けてくださいます。私たちは、何をどう祈ったらよいか分からないのですが、御霊ご自身が、ことばにならないうめきをもって、とりなしてくださるのです。
27 人間の心を探る方は、御霊の思いが何であるかを知っておられます。なぜなら、御霊は神のみこころにしたがって、聖徒たちのためにとりなしてくださるからです。
28 神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となることを、私たちは知っています。
29 神は、あらかじめ知っている人たちを、御子のかたちと同じ姿にあらかじめ定められたのです。それは、多くの兄弟たちの中で御子が長子となるためです。
30 神は、あらかじめ定めた人たちをさらに召し、召した人たちをさらに義と認め、義と認めた人たちにはさらに栄光をお与えになりました。
31 では、これらのことについて、どのように言えるでしょうか。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。
32 私たちすべてのために、ご自分の御子さえも惜しむことなく死に渡された神が、どうして、御子とともにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがあるでしょうか。
33 だれが、神に選ばれた者たちを訴えるのですか。神が義と認めてくださるのです。
34 だれが、私たちを罪ありとするのですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、しかも私たちのために、とりなしていてくださるのです。
35 だれが、私たちをキリストの愛から引き離すのですか。苦難ですか、苦悩ですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。
36 こう書かれています。「あなたのために、私たちは休みなく殺され、屠られる羊と見なされています。」
37 しかし、これらすべてにおいても、私たちを愛してくださった方によって、私たちは圧倒的な勝利者です。
38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いたちも、支配者たちも、今あるものも、後に来るものも、力あるものも、
39 高いところにあるものも、深いところにあるものも、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。

おはようございます。
ここのところ、毎日福島県へ行っています。
神様の導きは、「いま、こうしなさい」というものが多くて、時々ドキドキです。
でも、最善の導き手に委ねて、毎日を生きています。
皆さんの毎日にも、神様の導きと祝福が豊かにありますように。

ローマ人への手紙 第7章

1 それとも、兄弟たち、あなたがたは知らないのですか──私は律法を知っている人たちに話しています──律法が人を支配するのは、その人が生きている期間だけです。
2 結婚している女は、夫が生きている間は、律法によって夫に結ばれています。しかし、夫が死んだら、自分を夫に結びつけていた律法から解かれます。
3 したがって、夫が生きている間に他の男のものとなれば、姦淫の女と呼ばれますが、夫が死んだら律法から自由になるので、他の男のものとなっても姦淫の女とはなりません。
4 ですから、私の兄弟たちよ。あなたがたもキリストのからだを通して、律法に対して死んでいるのです。それは、あなたがたがほかの方、すなわち死者の中からよみがえった方のものとなり、こうして私たちが神のために実を結ぶようになるためです。
5 私たちが肉にあったときは、律法によって目覚めた罪の欲情が私たちのからだの中に働いて、死のために実を結びました。
6 しかし今は、私たちは自分を縛っていた律法に死んだので、律法から解かれました。その結果、古い文字にはよらず、新しい御霊によって仕えているのです。
7 それでは、どのように言うべきでしょうか。律法は罪なのでしょうか。決してそんなことはありません。むしろ、律法によらなければ、私は罪を知ることはなかったでしょう。実際、律法が「隣人のものを欲してはならない」と言わなければ、私は欲望を知らなかったでしょう。
8 しかし、罪は戒めによって機会をとらえ、私のうちにあらゆる欲望を引き起こしました。律法がなければ、罪は死んだものです。
9 私はかつて律法なしに生きていましたが、戒めが来たとき、罪は生き、
10 私は死にました。それで、いのちに導くはずの戒めが、死に導くものであると分かりました。
11 罪は戒めによって機会をとらえ、私を欺き、戒めによって私を殺したのです。
12 ですから、律法は聖なるものです。また戒めも聖なるものであり、正しく、また良いものです。
13 それでは、この良いものが、私に死をもたらしたのでしょうか。決してそんなことはありません。むしろ、罪がそれをもたらしたのです。罪は、この良いもので私に死をもたらすことによって、罪として明らかにされました。罪は戒めによって、限りなく罪深いものとなりました。
14 私たちは、律法が霊的なものであることを知っています。しかし、私は肉的な者であり、売り渡されて罪の下にある者です。
15 私には、自分のしていることが分かりません。自分がしたいと願うことはせずに、むしろ自分が憎んでいることを行っているからです。
16 自分のしたくないことを行っているなら、私は律法に同意し、それを良いものと認めていることになります。
17 ですから、今それを行っているのは、もはや私ではなく、私のうちに住んでいる罪なのです。
18 私は、自分のうちに、すなわち、自分の肉のうちに善が住んでいないことを知っています。私には良いことをしたいという願いがいつもあるのに、実行できないからです。
19 私は、したいと願う善を行わないで、したくない悪を行っています。
20 私が自分でしたくないことをしているなら、それを行っているのは、もはや私ではなく、私のうちに住んでいる罪です。
21 そういうわけで、善を行いたいと願っている、その私に悪が存在するという原理を、私は見出します。
22 私は、内なる人としては、神の律法を喜んでいますが、
23 私のからだには異なる律法があって、それが私の心の律法に対して戦いを挑み、私を、からだにある罪の律法のうちにとりこにしていることが分かるのです。
24 私は本当にみじめな人間です。だれがこの死のからだから、私を救い出してくれるのでしょうか。
25 私たちの主イエス・キリストを通して、神に感謝します。こうして、この私は、心では神の律法に仕え、肉では罪の律法に仕えているのです。

おはようございます。
報酬と恵みのことを思うたび、お乞食さんのことを思い浮かべます。
お乞食さんが得ていたのは、報酬ではなく、恵みなんです。
日本に帰ってきてから、お乞食さんを見なくなりました。
ブラジルには、学びの場がたくさんありました。

ローマ人への手紙 第6章

1 それでは、どのように言うべきでしょうか。恵みが増し加わるために、私たちは罪にとどまるべきでしょうか。
2 決してそんなことはありません。罪に対して死んだ私たちが、どうしてなおも罪のうちに生きていられるでしょうか。
3 それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスにつくバプテスマを受けた私たちはみな、その死にあずかるバプテスマを受けたのではありませんか。
4 私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、ちょうどキリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、新しいいのちに歩むためです。
5 私たちがキリストの死と同じようになって、キリストと一つになっているなら、キリストの復活とも同じようになるからです。
6 私たちは知っています。私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅ぼされて、私たちがもはや罪の奴隷でなくなるためです。
7 死んだ者は、罪から解放されているのです。
8 私たちがキリストとともに死んだのなら、キリストとともに生きることにもなる、と私たちは信じています。
9 私たちは知っています。キリストは死者の中からよみがえって、もはや死ぬことはありません。死はもはやキリストを支配しないのです。
10 なぜなら、キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、キリストが生きておられるのは、神に対して生きておられるのだからです。
11 同じように、あなたがたもキリスト・イエスにあって、自分は罪に対して死んだ者であり、神に対して生きている者だと、認めなさい。
12 ですから、あなたがたの死ぬべきからだを罪に支配させて、からだの欲望に従ってはいけません。
13 また、あなたがたの手足を不義の道具として罪に献げてはいけません。むしろ、死者の中から生かされた者としてあなたがた自身を神に献げ、また、あなたがたの手足を義の道具として神に献げなさい。
14 罪があなたがたを支配することはないからです。あなたがたは律法の下にではなく、恵みの下にあるのです。
15 では、どうなのでしょう。私たちは律法の下にではなく、恵みの下にあるのだから、罪を犯そう、となるのでしょうか。決してそんなことはありません。
16 あなたがたは知らないのですか。あなたがたが自分自身を奴隷として献げて服従すれば、その服従する相手の奴隷となるのです。つまり、罪の奴隷となって死に至り、あるいは従順の奴隷となって義に至ります。
17 神に感謝します。あなたがたは、かつては罪の奴隷でしたが、伝えられた教えの規範に心から服従し、
18 罪から解放されて、義の奴隷となりました。
19 あなたがたの肉の弱さのために、私は人間的な言い方をしています。以前あなたがたは、自分の手足を汚れと不法の奴隷として献げて、不法に進みました。同じように、今はその手足を義の奴隷として献げて、聖潔に進みなさい。
20 あなたがたは、罪の奴隷であったとき、義については自由にふるまっていました。
21 ではそのころ、あなたがたはどんな実を得ましたか。今では恥ずかしく思っているものです。それらの行き着くところは死です。
22 しかし今は、罪から解放されて神の奴隷となり、聖潔に至る実を得ています。その行き着くところは永遠のいのちです。
23 罪の報酬は死です。しかし神の賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。

おはようございます。
信仰と義と恵みと希望と、そのすべてが、いま、あなたに与えられています。
なぜって、神様があなたを愛してやまないからです。

ローマ人への手紙 第5章

1 こうして、私たちは信仰によって義と認められたので、私たちの主イエス・キリストによって、神との平和を持っています。
2 このキリストによって私たちは、信仰によって、今立っているこの恵みに導き入れられました。そして、神の栄光にあずかる望みを喜んでいます。
3 それだけではなく、苦難さえも喜んでいます。それは、苦難が忍耐を生み出し、
4 忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと、私たちは知っているからです。
5 この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。
6 実にキリストは、私たちがまだ弱かったころ、定められた時に、不敬虔な者たちのために死んでくださいました。
7 正しい人のためであっても、死ぬ人はほとんどいません。善良な人のためなら、進んで死ぬ人がいるかもしれません。
8 しかし、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死なれたことによって、神は私たちに対するご自分の愛を明らかにしておられます。
9 ですから、今、キリストの血によって義と認められた私たちが、この方によって神の怒りから救われるのは、なおいっそう確かなことです。
10 敵であった私たちが、御子の死によって神と和解させていただいたのなら、和解させていただいた私たちが、御子のいのちによって救われるのは、なおいっそう確かなことです。
11 それだけではなく、私たちの主イエス・キリストによって、私たちは神を喜んでいます。キリストによって、今や、私たちは和解させていただいたのです。
12 こういうわけで、ちょうど一人の人によって罪が世界に入り、罪によって死が入り、こうして、すべての人が罪を犯したので、死がすべての人に広がったのと同様に──
13 実に、律法が与えられる以前にも、罪は世にあったのですが、律法がなければ罪は罪として認められないのです。
14 けれども死は、アダムからモーセまでの間も、アダムの違反と同じようには罪を犯さなかった人々さえも、支配しました。アダムは来たるべき方のひな型です。
15 しかし、恵みの賜物は違反の場合と違います。もし一人の違反によって多くの人が死んだのなら、神の恵みと、一人の人イエス・キリストの恵みによる賜物は、なおいっそう、多くの人に満ちあふれるのです。
16 また賜物は、一人の人が罪を犯した結果とは違います。さばきの場合は、一つの違反から不義に定められましたが、恵みの場合は、多くの違反が義と認められるからです。
17 もし一人の違反により、一人によって死が支配するようになったのなら、なおさらのこと、恵みと義の賜物をあふれるばかり受けている人たちは、一人の人イエス・キリストにより、いのちにあって支配するようになるのです。
18 こういうわけで、ちょうど一人の違反によってすべての人が不義に定められたのと同様に、一人の義の行為によってすべての人が義と認められ、いのちを与えられます。
19 すなわち、ちょうど一人の人の不従順によって多くの人が罪人とされたのと同様に、一人の従順によって多くの人が義人とされるのです。
20 律法が入って来たのは、違反が増し加わるためでした。しかし、罪の増し加わるところに、恵みも満ちあふれました。
21 それは、罪が死によって支配したように、恵みもまた義によって支配して、私たちの主イエス・キリストにより永遠のいのちに導くためなのです。

おはようございます。
信じる前から愛されていた私たちは、愛されていることを知ってしまったいま、どうしたらいいんでしょう。
愛されている者として生きたら、それでいいんです(^^)

ローマ人への手紙 第4章

1 それでは、肉による私たちの父祖アブラハムは何を見出した、と言えるのでしょうか。
2 もしアブラハムが行いによって義と認められたのであれば、彼は誇ることができます。しかし、神の御前ではそうではありません。
3 聖書は何と言っていますか。「アブラハムは神を信じた。それで、それが彼の義と認められた」とあります。
4 働く者にとっては、報酬は恵みによるものではなく、当然支払われるべきものと見なされます。
5 しかし、働きがない人であっても、不敬虔な者を義と認める方を信じる人には、その信仰が義と認められます。
6 同じようにダビデも、行いと関わりなく、神が義とお認めになる人の幸いを、このように言っています。
7 「幸いなことよ、不法を赦され、罪をおおわれた人たち。
8 幸いなことよ、主が罪をお認めにならない人。」
9 それでは、この幸いは、割礼のある者にだけ与えられるのでしょうか。それとも、割礼のない者にも与えられるのでしょうか。私たちは、「アブラハムには、その信仰が義と認められた」と言っていますが、
10 どのようにして、その信仰が義と認められたのでしょうか。割礼を受けてからですか。割礼を受けていないときですか。割礼を受けてからではなく、割礼を受けていないときです。
11 彼は、割礼を受けていないときに信仰によって義と認められたことの証印として、割礼というしるしを受けたのです。それは、彼が、割礼を受けないままで信じるすべての人の父となり、彼らも義と認められるためであり、
12 また、単に割礼を受けているだけではなく、私たちの父アブラハムが割礼を受けていなかったときの信仰の足跡にしたがって歩む者たちにとって、割礼の父となるためでした。
13 というのは、世界の相続人となるという約束が、アブラハムに、あるいは彼の子孫に与えられたのは、律法によってではなく、信仰による義によってであったからです。
14 もし律法による者たちが相続人であるなら、信仰は空しくなり、約束は無効になってしまいます。
15 実際、律法は御怒りを招くものです。律法のないところには違反もありません。
16 そのようなわけで、すべては信仰によるのです。それは、事が恵みによるようになるためです。こうして、約束がすべての子孫に、すなわち、律法を持つ人々だけでなく、アブラハムの信仰に倣う人々にも保証されるのです。アブラハムは、私たちすべての者の父です。
17 「わたしはあなたを多くの国民の父とした」と書いてあるとおりです。彼は、死者を生かし、無いものを有るものとして召される神を信じ、その御前で父となったのです。
18 彼は望み得ない時に望みを抱いて信じ、「あなたの子孫は、このようになる」と言われていたとおり、多くの国民の父となりました。
19 彼は、およそ百歳になり、自分のからだがすでに死んだも同然であること、またサラの胎が死んでいることを認めても、その信仰は弱まりませんでした。
20 不信仰になって神の約束を疑うようなことはなく、かえって信仰が強められて、神に栄光を帰し、
21 神には約束したことを実行する力がある、と確信していました。
22 だからこそ、「彼には、それが義と認められた」のです。
23 しかし、「彼には、それが義と認められた」と書かれたのは、ただ彼のためだけでなく、
24 私たちのためでもあります。すなわち、私たちの主イエスを死者の中からよみがえらせた方を信じる私たちも、義と認められるのです。
25 主イエスは、私たちの背きの罪のゆえに死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられました。

おはようございます。
神様が、あなたを愛するのは、あなたにどんな資格があるからでしょう?
神様が、イエスさまをあなたの身代わりに十字架につけたのは、あなたにどんな価値があるからでしょう?
これほどまでの大きな愛は、どんな理由で、あなたに注がれたのでしょう?
考えてみませんか。

ローマ人への手紙 第3章

1 それでは、ユダヤ人のすぐれている点は何ですか。割礼に何の益があるのですか。
2 あらゆる点から見て、それは大いにあります。第一に、彼らは神のことばを委ねられました。
3 では、どうですか。彼らのうちに不真実な者がいたなら、その不真実は神の真実を無にするのでしょうか。
4 決してそんなことはありません。たとえすべての人が偽り者であるとしても、神は真実な方であるとすべきです。「それゆえ、あなたが告げるとき、あなたは正しくあられ、さばくとき、勝利を得られます」と書いてあるとおりです。
5 では、もし私たちの不義が神の義を明らかにするのなら、私たちはどのように言うべきでしょうか。私は人間的な言い方をしますが、御怒りを下す神は不義なのでしょうか。
6 決してそんなことはありません。もしそうなら、神はどのようにして世界をさばかれるのですか。
7 では、もし私の偽りによって神の真理がますます明らかにされて、神の栄光となるのなら、どうして私はなおも罪人としてさばかれるのですか。
8 「善をもたらすために悪を行おう」ということになりませんか。私たちがそう言っていると、ある者たちから中傷されています。そのように中傷する者たちが、さばきを受けるのは当然です。
9 では、どうなのでしょう。私たちにすぐれているところはあるのでしょうか。全くありません。私たちがすでに指摘したように、ユダヤ人もギリシア人も、すべての人が罪の下にあるからです。
10 次のように書いてあるとおりです。「義人はいない。一人もいない。
11 悟る者はいない。神を求める者はいない。
12 すべての者が離れて行き、だれもかれも無用の者となった。善を行う者はいない。だれ一人いない。」
13 「彼らの喉は開いた墓。彼らはその舌で欺く。」「彼らの唇の下にはまむしの毒がある。」
14 「彼らの口は、呪いと苦みに満ちている。」
15 「彼らの足は血を流すのに速く、
16 彼らの道には破壊と悲惨がある。
17 彼らは平和の道を知らない。」
18 「彼らの目の前には、神に対する恐れがない。」
19 私たちは知っています。律法が言うことはみな、律法の下にある者たちに対して語られているのです。それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。
20 なぜなら、人はだれも、律法を行うことによっては神の前に義と認められないからです。律法を通して生じるのは罪の意識です。
21 しかし今や、律法とは関わりなく、律法と預言者たちの書によって証しされて、神の義が示されました。
22 すなわち、イエス・キリストを信じることによって、信じるすべての人に与えられる神の義です。そこに差別はありません。
23 すべての人は罪を犯して、神の栄光を受けることができず、
24 神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いを通して、価なしに義と認められるからです。
25 神はこの方を、信仰によって受けるべき、血による宥めのささげ物として公に示されました。ご自分の義を明らかにされるためです。神は忍耐をもって、これまで犯されてきた罪を見逃してこられたのです。
26 すなわち、ご自分が義であり、イエスを信じる者を義と認める方であることを示すため、今この時に、ご自分の義を明らかにされたのです。
27 それでは、私たちの誇りはどこにあるのでしょうか。それは取り除かれました。どのような種類の律法によってでしょうか。行いの律法でしょうか。いいえ、信仰の律法によってです。
28 人は律法の行いとは関わりなく、信仰によって義と認められると、私たちは考えているからです。
29 それとも、神はユダヤ人だけの神でしょうか。異邦人の神でもあるのではないでしょうか。そうです。異邦人の神でもあります。
30 神が唯一なら、そうです。神は、割礼のある者を信仰によって義と認め、割礼のない者も信仰によって義と認めてくださるのです。
31 それでは、私たちは信仰によって律法を無効にすることになるのでしょうか。決してそんなことはありません。むしろ、律法を確立することになります。

おはようございます。
他の人に、その人の思い通りに動かされたら、腹が立ちますね。
そして、他の人が、自分の思い通りに動かないと、また、腹が立ちますね。
支配されるのも苦痛で、支配できないのも苦痛。
そんな不十分な存在なんだって、はっきり認めると、ちょっと楽な気持ちになれますよ(^^)

ローマ人への手紙 第2章

1 ですから、すべて他人をさばく者よ、あなたに弁解の余地はありません。あなたは他人をさばくことで、自分自身にさばきを下しています。さばくあなたが同じことを行っているからです。
2 そのようなことを行う者たちの上に、真理に基づいて神のさばきが下ることを、私たちは知っています。
3 そのようなことを行う者たちをさばきながら、同じことを行っている者よ、あなたは神のさばきを免れるとでも思っているのですか。
4 それとも、神のいつくしみ深さがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かないつくしみと忍耐と寛容を軽んじているのですか。
5 あなたは、頑なで悔い改める心がないために、神の正しいさばきが現れる御怒りの日の怒りを、自分のために蓄えています。
6 神は、一人ひとり、その人の行いに応じて報いられます。
7 忍耐をもって善を行い、栄光と誉れと朽ちないものを求める者には、永遠のいのちを与え、
8 利己的な思いから真理に従わず、不義に従う者には、怒りと憤りを下されます。
9 悪を行うすべての者の上には、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、苦難と苦悩が下り、
10 善を行うすべての者には、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、栄光と誉れと平和が与えられます。
11 神にはえこひいきがないからです。
12 律法なしに罪を犯した者はみな、律法なしに滅び、律法の下にあって罪を犯した者はみな、律法によってさばかれます。
13 なぜなら、律法を聞く者が神の前に正しいのではなく、律法を行う者が義と認められるからです。
14 律法を持たない異邦人が、生まれつきのままで律法の命じることを行う場合は、律法を持たなくても、彼ら自身が自分に対する律法なのです。
15 彼らは、律法の命じる行いが自分の心に記されていることを示しています。彼らの良心も証ししていて、彼らの心の思いは互いに責め合ったり、また弁明し合ったりさえするのです。
16 私の福音によれば、神のさばきは、神がキリスト・イエスによって、人々の隠された事柄をさばかれるその日に行われるのです。
17 あなたが自らユダヤ人と称し、律法を頼みとし、神を誇り、
18 みこころを知り、律法から教えられて、大切なことをわきまえているなら、
19 20 また、律法のうちに具体的に示された知識と真理を持っているので、目の見えない人の案内人、闇の中にいる者の光、愚かな者の導き手、幼子の教師だ、と自負しているなら、
21 どうして、他人を教えながら、自分自身を教えないのですか。盗むなと説きながら、自分は盗むのですか。
22 姦淫するなと言いながら、自分は姦淫するのですか。偶像を忌み嫌いながら、神殿の物をかすめ取るのですか。
23 律法を誇りとするあなたは、律法に違反することで、神を侮っているのです。
24 「あなたがたのゆえに、神の御名は異邦人の間で汚されている」と書いてあるとおりです。
25 もしあなたが律法を行うなら、割礼には価値があります。しかし、もしあなたが律法の違反者であるなら、あなたの割礼は無割礼になったのです。
26 ですから、もし割礼を受けていない人が律法の規定を守るなら、その人の無割礼は割礼と見なされるのではないでしょうか。
27 からだは無割礼でも律法を守る人が、律法の文字と割礼がありながらも律法に違反するあなたを、さばくことになります。
28 外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、外見上のからだの割礼が割礼ではないからです。
29 かえって人目に隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、文字ではなく、御霊による心の割礼こそ割礼だからです。その人への称賛は人からではなく、神から来ます。

おはようございます。
今日から、ローマ人への手紙です。
パウロが書いたこの手紙を通して、神様はあなたに、どんなすばらしいことを伝えようとしているのか。
うれしいですねぇ(^^)

ローマ人への手紙 第1章

1 キリスト・イエスのしもべ、神の福音のために選び出され、使徒として召されたパウロから。
2 ──この福音は、神がご自分の預言者たちを通して、聖書にあらかじめ約束されたもので、
3 御子に関するものです。御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ、
4 聖なる霊によれば、死者の中からの復活により、力ある神の子として公に示された方、私たちの主イエス・キリストです。
5 この方によって、私たちは恵みと使徒の務めを受けました。御名のために、すべての異邦人の中に信仰の従順をもたらすためです。
6 その異邦人たちの中にあって、あなたがたも召されてイエス・キリストのものとなりました──
7 ローマにいるすべての、神に愛され、召された聖徒たちへ。私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたにありますように。
8 まず初めに、私はあなたがたすべてについて、イエス・キリストを通して私の神に感謝します。全世界であなたがたの信仰が語り伝えられているからです。
9 私が御子の福音を伝えつつ心から仕えている神が証ししてくださることですが、私は絶えずあなたがたのことを思い、
10 祈るときにはいつも、神のみこころによって、今度こそついに道が開かれ、何とかしてあなたがたのところに行けるようにと願っています。
11 私があなたがたに会いたいと切に望むのは、御霊の賜物をいくらかでも分け与えて、あなたがたを強くしたいからです。
12 というより、あなたがたの間にあって、あなたがたと私の互いの信仰によって、ともに励ましを受けたいのです。
13 兄弟たち、知らずにいてほしくはありません。私はほかの異邦人たちの間で得たように、あなたがたの間でもいくらかの実を得ようと、何度もあなたがたのところに行く計画を立てましたが、今に至るまで妨げられてきました。
14 私は、ギリシア人にも未開の人にも、知識のある人にも知識のない人にも、負い目のある者です。
15 ですから私としては、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を伝えたいのです。
16 私は福音を恥としません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシア人にも、信じるすべての人に救いをもたらす神の力です。
17 福音には神の義が啓示されていて、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。
18 というのは、不義によって真理を阻んでいる人々のあらゆる不敬虔と不義に対して、神の怒りが天から啓示されているからです。
19 神について知りうることは、彼らの間で明らかです。神が彼らに明らかにされたのです。
20 神の、目に見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は、世界が創造されたときから被造物を通して知られ、はっきりと認められるので、彼らに弁解の余地はありません。
21 彼らは神を知っていながら、神を神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その鈍い心は暗くなったのです。
22 彼らは、自分たちは知者であると主張しながら愚かになり、
23 朽ちない神の栄光を、朽ちる人間や、鳥、獣、這うものに似たかたちと替えてしまいました。
24 そこで神は、彼らをその心の欲望のままに汚れに引き渡されました。そのため、彼らは互いに自分たちのからだを辱めています。
25 彼らは神の真理を偽りと取り替え、造り主の代わりに、造られた物を拝み、これに仕えました。造り主こそ、とこしえにほめたたえられる方です。アーメン。
26 こういうわけで、神は彼らを恥ずべき情欲に引き渡されました。すなわち、彼らのうちの女たちは自然な関係を自然に反するものに替え、
27 同じように男たちも、女との自然な関係を捨てて、男同士で情欲に燃えました。男が男と恥ずべきことを行い、その誤りに対する当然の報いをその身に受けています。
28 また、彼らは神を知ることに価値を認めなかったので、神は彼らを無価値な思いに引き渡されました。それで彼らは、してはならないことを行っているのです。
29 彼らは、あらゆる不義、悪、貪欲、悪意に満ち、ねたみ、殺意、争い、欺き、悪巧みにまみれています。また彼らは陰口を言い、
30 人を中傷し、神を憎み、人を侮り、高ぶり、大言壮語し、悪事を企み、親に逆らい、
31 浅はかで、不誠実で、情け知らずで、無慈悲です。
32 彼らは、そのような行いをする者たちが死に値するという神の定めを知りながら、自らそれを行っているだけでなく、それを行う者たちに同意もしているのです。

おはようございます。
今日で、使徒の働きはおしまいです。
神様の生きた働き、十分に味わえましたか?
明日からは、ローマ人への手紙が始まります。

使徒の働き 第28章

1 こうして助かってから、私たちはこの島がマルタと呼ばれていることを知った。
2 島の人々は私たちに非常に親切にしてくれた。雨が降り出していて寒かったので、彼らは火をたいて私たちみなを迎えてくれた。
3 パウロが枯れ枝を一抱え集めて火にくべると、熱気のために一匹のまむしが這い出して来て、彼の手にかみついた。
4 島の人々は、この生き物がパウロの手にぶら下がっているのを見て、言い合った。「この人はきっと人殺しだ。海からは救われたが、正義の女神はこの人を生かしておかないのだ。」
5 しかし、パウロはその生き物を火の中に振り落として、何の害も受けなかった。
6 人々は、彼が今にも腫れ上がってくるか、あるいは急に倒れて死ぬだろうと待っていた。しかし、いくら待っても彼に何も変わった様子が見えないので、考えを変えて、「この人は神様だ」と言い出した。
7 さて、その場所の近くに、島の長官でプブリウスという名の人の所有地があった。彼は私たちを歓迎して、三日間親切にもてなしてくれた。
8 たまたまプブリウスの父が、発熱と下痢で苦しんで床についていた。パウロはその人のところに行って、彼に手を置いて祈り、癒やした。
9 このことがあってから、島にいたほかの病人たちもやって来て、癒やしを受けた。
10 また人々は私たちに深い尊敬を表し、私たちが船出するときには、必要な物を用意してくれた。
11 三か月後、私たちは、この島で冬を越していたアレクサンドリアの船で出発した。その船首にはディオスクロイの飾りが付いていた。
12 私たちはシラクサに寄港して、三日間そこに滞在し、
13 そこから錨を上げて、レギオンに達した。一日たつと南風が吹き始めたので、二日目にはプテオリに入港した。
14 その町で、私たちは兄弟たちを見つけ、勧められるままに彼らのところに七日間滞在した。こうして、私たちはローマにやって来た。
15 ローマからは、私たちのことを聞いた兄弟たちが、アピイ・フォルムとトレス・タベルネまで、私たちを迎えに来てくれた。パウロは彼らに会って、神に感謝し、勇気づけられた。
16 私たちがローマに入ったとき、パウロは、監視の兵士が付いてはいたが、一人で生活することを許された。
17 三日後、パウロはユダヤ人のおもだった人たちを呼び集めた。そして、彼らが集まったとき、こう言った。「兄弟たち。私は、民に対しても先祖の慣習に対しても、何一つ背くことはしていないにもかかわらず、エルサレムで囚人としてローマ人の手に渡されました。
18 彼らは私を取り調べましたが、私に死に値する罪が何もなかったので、釈放しようと思いました。
19 ところが、ユダヤ人たちが反対したため、私は仕方なくカエサルに上訴しました。自分の同胞を訴えようとしたわけではありません。
20 そういうわけで、私はあなたがたに会ってお話ししたいと願ったのです。私がこの鎖につながれているのは、イスラエルの望みのためです。
21 すると、彼らはパウロに言った。「私たちは、あなたについて、ユダヤから何の通知も受け取っていません。また、ここに来た兄弟たちのだれかが、あなたについて何か悪いことを告げたり、話したりしたこともありません。
22 私たちは、あなたが考えておられることを、あなたから聞くのがよいと思っています。この宗派について、いたるところで反対があるということを、私たちは耳にしていますから。」
23 そこで彼らは日を定めて、さらに大勢でパウロの宿にやって来た。パウロは、神の国のことを証しし、モーセの律法と預言者たちの書からイエスについて彼らを説得しようと、朝から晩まで説明を続けた。
24 ある人たちは彼が語ることを受け入れたが、ほかの人たちは信じようとしなかった。
25 互いの意見が一致しないまま彼らが帰ろうとしたので、パウロは一言、次のように言った。「まさしく聖霊が、預言者イザヤを通して、あなたがたの先祖に語られたとおりです。
26 『この民のところに行って告げよ。あなたがたは聞くには聞くが、決して悟ることはない。見るには見るが、決して知ることはない。
27 この民の心は鈍くなり、耳は遠くなり、目は閉じているからである。彼らがその目で見ることも、耳で聞くことも、心で悟ることも、立ち返ることもないように。そして、わたしが癒やすこともないように。』
28 ですから、承知しておいてください。神のこの救いは、異邦人に送られました。彼らが聞き従うことになります。」
29 【本節欠如】
30 パウロは、まる二年間、自費で借りた家に住み、訪ねて来る人たちをみな迎えて、
31 少しもはばかることなく、また妨げられることもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。

おはようございます。
今日は、福島リバイバル祈りの家のオープニング聖会。
昨日から泊りがけで、祈りの家に来ています。
神様が、どんな祝福をしてくれるか、ドキドキです。

使徒の働き 第27章

1 さて、私たちが船でイタリアへ行くことが決まったとき、パウロとほかの数人の囚人は、親衛隊のユリウスという百人隊長に引き渡された。
2 私たちは、アジアの沿岸の各地に寄港して行く、アドラミティオの船に乗り込んで出発した。テサロニケのマケドニア人アリスタルコも同行した。
3 翌日、私たちはシドンに入港した。ユリウスはパウロを親切に扱い、友人たちのところへ行って、もてなしを受けることを許した。
4 私たちはそこから船出し、向かい風だったので、キプロスの島陰を航行した。
5 そしてキリキアとパンフィリアの沖を航行して、リキアのミラに入港した。
6 ここで、百人隊長はイタリアへ行くアレクサンドリアの船を見つけて、それに私たちを乗り込ませた。
7 何日もの間、船の進みは遅く、やっとのことでクニドの沖まで来たが、風のせいでそれ以上は進めず、サルモネ沖のクレタの島陰を航行した。
8 そしてその岸に沿って進みながら、やっとのことで、ラサヤの町に近い「良い港」と呼ばれる場所に着いた。
9 かなりの時が経過し、断食の日もすでに過ぎていたため、もはや航海は危険であった。そこでパウロは人々に警告して、
10 「皆さん。私の見るところでは、この航海は積荷や船体だけでなく、私たちのいのちにも危害と大きな損失をもたらすでしょう」と言った。
11 しかし百人隊長は、パウロの言うことよりも、船長や船主のほうを信用した。
12 また、この港は冬を過ごすのに適していなかったので、多数の者たちの意見により、ここから船出し、できれば、南西と北西に面しているクレタの港フェニクスに行き、そこで冬を過ごそうということになった。
13 さて、穏やかな南風が吹いて来たので、人々は思いどおりになったと考え、錨を上げて、クレタの海岸に沿って航行した。
14 ところが、間もなくユーラクロンという暴風が陸から吹き降ろして来た。
15 船はそれに巻き込まれて、風に逆らって進むことができず、私たちは流されるままとなった。
16 しかし、カウダと呼ばれる小島の陰に入ったので、どうにかしっかりと小舟を引き寄せることができた。
17 そして小舟を船に引き上げ、船を補強するために綱で船体を巻いた。また、シルティスの浅瀬に乗り上げるのを恐れて、船具を降ろし、流されるに任せた。
18 私たちは暴風に激しく翻弄されていたので、翌日、人々は積荷を捨て始め、
19 三日目には、自分たちの手で船具を投げ捨てた。
20 太陽も星も見えない日が何日も続き、暴風が激しく吹き荒れたので、私たちが助かる望みも今や完全に絶たれようとしていた。
21 長い間、だれも食べていなかったが、そのときパウロは彼らの中に立って言った。「皆さん。あなたがたが私の言うことを聞き入れて、クレタから船出しないでいたら、こんな危害や損失を被らなくてすんだのです。
22 しかし今、あなたがたに勧めます。元気を出しなさい。あなたがたのうち、いのちを失う人は一人もありません。失われるのは船だけです。
23 昨夜、私の主で、私が仕えている神の御使いが私のそばに立って、
24 こう言ったのです。『恐れることはありません、パウロよ。あなたは必ずカエサルの前に立ちます。見なさい。神は同船している人たちを、みなあなたに与えておられます。』
25 ですから、皆さん、元気を出しなさい。私は神を信じています。私に語られたことは、そのとおりになるのです。
26 私たちは必ず、どこかの島に打ち上げられます。」
27 十四日目の夜になり、私たちはアドリア海を漂っていた。真夜中ごろ、水夫たちはどこかの陸地に近づいているのではないかと思った。
28 彼らが水の深さを測ってみると、二十オルギヤであることが分かった。少し進んでもう一度測ると、十五オルギヤであった。
29 どこかで暗礁に乗り上げるのではないかと恐れて、人々は船尾から錨を四つ投げ降ろし、夜が明けるのを待ちわびた。
30 ところが、水夫たちが船から逃げ出そうとして、船首から錨を降ろすように見せかけ、小舟を海に降ろしていたので、
31 パウロは百人隊長や兵士たちに、「あの人たちが船にとどまっていなければ、あなたがたは助かりません」と言った。
32 そこで兵士たちは小舟の綱を切って、それが流れるままにした。
33 夜が明けかけたころ、パウロは一同に食事をするように勧めて、こう言った。「今日で十四日、あなたがたはひたすら待ち続け、何も口に入れず、食べることなく過ごしてきました。
34 ですから、食事をするよう勧めます。これで、あなたがたは助かります。頭から髪の毛一本失われることはありません。」
35 こう言って、彼はパンを取り、一同の前で神に感謝の祈りをささげてから、それを裂いて食べ始めた。
36 それで皆も元気づけられ、食事をした。
37 船にいた私たちは、合わせて二百七十六人であった。
38 十分に食べた後、人々は麦を海に投げ捨てて、船を軽くした。
39 夜が明けたとき、どこの陸地かよく分からなかったが、砂浜のある入江が目に留まったので、できればそこに船を乗り入れようということになった。
40 錨を切って海に捨て、同時に舵の綱を解き、吹く風に船首の帆を上げて、砂浜に向かって進んで行った。
41 ところが、二つの潮流に挟まれた浅瀬に乗り上げて、船を座礁させてしまった。船首はめり込んで動かなくなり、船尾は激しい波によって壊れ始めた。
42 兵士たちは、囚人たちがだれも泳いで逃げないように、殺してしまおうと図った。
43 しかし、百人隊長はパウロを助けたいと思い、彼らの計画を制止して、泳げる者たちがまず海に飛び込んで陸に上がり、
44 残りの者たちは、板切れや、船にある何かにつかまって行くように命じた。こうして、全員が無事に陸に上がった。

おはようございます。
いよいよ来週の月曜日は、祈りの家のオープニング聖会です。
ということで、日曜日から泊りがけで行ってきます。
なので、月曜日は予約配信となります。
では、よい週末を!

使徒の働き 第26章

1 アグリッパはパウロに向かって、「自分のことを話してよろしい」と言った。そこでパウロは、手を差し出して弁明し始めた。
2 「アグリッパ王よ。私がユダヤ人たちに訴えられているすべてのことについて、今日、王様の前で弁明できることを幸いに思います。
3 特に、王様はユダヤ人の慣習や問題に精通しておられます。ですから、どうか忍耐をもって、私の申し上げることをお聞きくださるよう、お願いいたします。
4 さて、初めから同胞の間で、またエルサレムで過ごしてきた、私の若いころからの生き方は、すべてのユダヤ人が知っています。
5 彼らは以前から私を知っているので、証言しようと思えばできますが、私は、私たちの宗教の中で最も厳格な派にしたがって、パリサイ人として生活してきました。
6 そして今、神が私たちの父祖たちに与えられた約束に望みを抱いているために、私はここに立って、さばかれているのです。
7 私たちの十二部族は、夜も昼も熱心に神に仕えながら、その約束のものを得たいと望んでいます。王よ。私はこの望みを抱いているために、ユダヤ人から訴えられているのです。
8 神が死者をよみがえらせるということを、あなたがたは、なぜ信じがたいこととお考えになるのでしょうか。
9 実は私自身も、ナザレ人イエスの名に対して、徹底して反対すべきであると考えていました。
10 そして、それをエルサレムで実行しました。祭司長たちから権限を受けた私は、多くの聖徒たちを牢に閉じ込め、彼らが殺されるときには賛成の票を投じました。
11 そして、すべての会堂で、何度も彼らに罰を科し、御名を汚すことばを無理やり言わせ、彼らに対する激しい怒りに燃えて、ついには国外の町々にまで彼らを迫害して行きました。
12 このような次第で、私は祭司長たちから権限と委任を受けてダマスコへ向かいましたが
13 その途中のこと、王様、真昼に私は天からの光を見ました。それは太陽よりも明るく輝いて、私と私に同行していた者たちの周りを照らしました。
14 私たちはみな地に倒れましたが、そのとき私は、ヘブル語で自分に語りかける声を聞きました。『サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。とげの付いた棒を蹴るのは、あなたには痛い。』
15 私が『主よ、あなたはどなたですか』と言うと、主はこう言われました。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
16 起き上がって自分の足で立ちなさい。わたしがあなたに現れたのは、あなたがわたしを見たことや、わたしがあなたに示そうとしていることについて、あなたを奉仕者、また証人に任命するためである。
17 わたしは、あなたをこの民と異邦人の中から救い出し、彼らのところに遣わす。
18 それは彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、こうしてわたしを信じる信仰によって、彼らが罪の赦しを得て、聖なるものとされた人々とともに相続にあずかるためである。』
19 こういうわけで、アグリッパ王よ、私は天からの幻に背かず、
20 ダマスコにいる人々をはじめエルサレムにいる人々に、またユダヤ地方全体に、さらに異邦人にまで、悔い改めて神に立ち返り、悔い改めにふさわしい行いをするようにと宣べ伝えてきました。
21 そのために、ユダヤ人たちは私を宮の中で捕らえ、殺そうとしたのです。
22 このようにして、私は今日に至るまで神の助けを受けながら、堅く立って、小さい者にも大きい者にも証しをしています。そして、話してきたことは、預言者たちやモーセが後に起こるはずだと語ったことにほかなりません。
23 すなわち、キリストが苦しみを受けること、また、死者の中から最初に復活し、この民にも異邦人にも光を宣べ伝えることになると話したのです。
24 パウロがこのように弁明していると、フェストゥスが大声で言った。「パウロよ、おまえは頭がおかしくなっている。博学がおまえを狂わせている。
25 パウロは言った。「フェストゥス閣下、私は頭がおかしくはありません。私は、真実で理にかなったことばを話しています。
26 王様はこれらのことをよくご存じですので、その王様に対して私は率直に申し上げているのです。このことは片隅で起こった出来事ではありませんから、そのうちの一つでも、王様がお気づきにならなかったことはない、と確信しています。
27 アグリッパ王よ、王様は預言者たちを信じておられますか。信じておられることと思います。」
28 するとアグリッパはパウロに、「おまえは、わずかな時間で私を説き伏せて、キリスト者にしようとしている」と言った。
29 しかし、パウロはこう答えた。「わずかな時間であろうと長い時間であろうと、私が神に願っているのは、あなたばかりでなく今日私の話を聞いておられる方々が、この鎖は別として、みな私のようになってくださることです。」
30 王と総督とベルニケ、および同席の人々は立ち上がった。
31 彼らは退場してから話し合った。「あの人は、死や投獄に値することは何もしていない。」
32 また、アグリッパはフェストゥスに、「あの人は、もしカエサルに上訴していなかったら、釈放してもらえたであろうに」と言った。

坂本 秀雄 (伝道師)

Author:坂本 秀雄 (伝道師)

ゴスペルハウスは、超教派のキリスト教伝道所です。
神様の愛で建てられ、神様の愛を伝えています。

2008年にブラジル・サンパウロから帰国した家族が、山形県の川西町に移住して楽しくゴスペルハウスな生活をしています。
そして今度は隣町の高畠へ引っ越しました。
どなたでもお気軽にお越しください。

ゴスペルハウスには、あなたのための席が用意されています。

お気軽にお越しください。
山形県東置賜郡高畠町
安久津1070

電車でお越しの方は、高畠駅までお迎えします。

賛美・御言葉・聖餐を中心とした、明るい雰囲気の礼拝です。
はっきり言って、楽しいです。

同時間帯で、「子ども礼拝」も行なっています。
大人も子どもも、クリスチャンもそうでない方も、ぜひご一緒に集いましょう。

集会の後には、ご一緒に夕食を頂きます。
伝道師みずから、腕をふるって料理します。
おいしいですよ。(もちろん無料)