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「しゃもじいさん」

かとう まふみ(著)


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「まんまるいけのおつきみ」

かとう まふみ(著)


かとう まふみさんの絵本2冊。

どちらも、子どもと読んでも、ひとりで読んでも、ニコニコできる本です。

物を大切に使うことが美徳とされた時代と、大量消費こそ成長と考える時代と。

いろいろ考えさせられちゃう、いい本でした。


#今日読んだ本



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「合理的にあり得ない--上水流涼子の解明」

柚月 裕子(著)


颯爽とした主人公に、痛快なストーリーに、グイグイ引き込まれます。

読後感も、とってもいいです。

これは、ズバリおすすめでしょう!


#今日読んだ本 


ゴスペルハウスメッセージ 2019.01.13
「弱い者に」ルカ16:19-22

19 ある金持ちがいた。紫の衣や柔らかい亜麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。
20 その金持ちの門前には、ラザロという、できものだらけの貧しい人が寝ていた。
21 彼は金持ちの食卓から落ちる物で、腹を満たしたいと思っていた。犬たちもやって来ては、彼のできものをなめていた。
22 しばらくして、この貧しい人は死に、御使いたちによってアブラハムの懐に連れて行かれた。金持ちもまた、死んで葬られた。

今日の聖書箇所は、イエスさまのたとえ話の冒頭です。
ですから、本来の話の本質は、この後ということになります。
しかし、貧富の差の大きかった当時としては、現実に起こりうる、また、現実に起きていた状況ともいえるでしょう。

金持ちの男は、自分の家の門前にいる貧しいラザロに無関心でした。
金持ちは、ことさら、ラザロに注意を払わなくてはならない義務はありません。
また、葬儀の手配をする義務もありません。
ラザロを知っていた他の人にしても、同じことでしょう。
そのためラザロは、だれにも葬られることなく、御使いたちによって、連れて行かれたのです。

金持ちも、まわりの人も、自分の持っている権利の上に、"正当に"乗っかっていたのです。
負わなくてもいい義務を、"正当に"免れていたのです。

私は、先日の上京の折に、ご奉仕の他に、ひとつの自分なりの目標を持っていました。
それは、「エスカレーターの右側に立ち止まって乗ること」です。
JRがアナウンスしていることもありますし、何より、幼い子ども連れや体を怪我した人などの安全のためでもあるからです。
子育て真っ最中で、なおかつ、時々松葉杖生活をしていた私には、他人事ではないからです。
(そのために、髪の毛をピンクにしたという念の入れようです)

その事を他の人に話したところ、
「今までやってたんだから、直らないっすよ。しかたないでしょ」とか、
「まあ、(勝手に)がんばって」と、反応されました。
まるっきり他人事、あるいは、既得権を侵さすなという具合です。

それはまるで、この金持ちや、イエスさまの時代の律法学者やパリサイ人と同じです。
貧しい人々、体の不自由な人々、異邦人、取税人などなど、彼らは蔑み、自らの保身をし続けてきたのです。

私たちは、そうであってはなりません。
本日交読した詩篇41篇にもこうあります。
「幸いなことよ 弱っている者に心を配る人は。わざわいの日に 主はその人を助け出される。」(詩篇41:1)
また、聖書には直接関係ありませんが、漫画家のやなせたかしさんはこう言います。
「アンパンマンは、自分の顔をちぎって人に食べさせる。
本人も傷つくんだけど、それによって人を助ける。
そういう捨て身、献身の心なくしては正義は行えない。」

なにも、それだけではありません。
なにより、イエスさまがそのようにしたのです。

罪の前に、まったく無力で、何もできない人のために。
神様のために、何も役に立つことのできない人のために。
イエスさまは、すべてを捨てたのです。
神様のひとり子という立場を捨て、権利を捨て、十字架の死に至るまで徹底的に愛を示し続けたのです。

この愛は、あなたに注がれている愛です。
この愛の中で、あなたもこの愛を生きようではありませんか。
他人事や無関心に生きるのではなく、与えられた権利にしがみつくのではなく、ほんとうの自由を生きましょう。

おはようございます。
なにか、自分のしていることが、無駄に感じる。
自分の価値が、無いように感じる。
そんな時があるかも知れません。
でも、神様の目から見たら、そんな事実はありませんから、ご安心ください。
そして、考えを変えてください(^^)

ヘブル人への手紙 第6章  

1 ですから私たちは、キリストについての初歩の教えを後にして、成熟を目指して進もうではありませんか。死んだ行いからの回心、神に対する信仰、
2 きよめの洗いについての教えと手を置く儀式、死者の復活と永遠のさばきなど、基礎的なことをもう一度やり直したりしないようにしましょう。
3 神が許されるなら、先に進みましょう。
4 一度光に照らされ、天からの賜物を味わい、聖霊にあずかる者となって、
5 神のすばらしいみことばと、来たるべき世の力を味わったうえで、
6 堕落してしまうなら、そういう人たちをもう一度悔い改めに立ち返らせることはできません。彼らは、自分で神の子をもう一度十字架にかけて、さらしものにする者たちだからです。
7 たびたび降り注ぐ雨を吸い込んで、耕す人たちに有用な作物を生じる土地は、神の祝福にあずかりますが、
8 茨やあざみを生えさせる土地は無用で、やがてのろわれ、最後は焼かれてしまうのです。
9 だが、愛する者たち。私たちはこのように言ってはいますが、あなたがたについては、もっと良いこと、救いにつながることを確信しています。
10 神は不公平な方ではありませんから、あなたがたの働きや愛を忘れたりなさいません。あなたがたは、これまで聖徒たちに仕え、今も仕えることによって、神の御名のために愛を示しました。
11 私たちが切望するのは、あなたがた一人ひとりが同じ熱心さを示して、最後まで私たちの希望について十分な確信を持ち続け、
12 その結果、怠け者とならずに、信仰と忍耐によって約束のものを受け継ぐ人たちに倣う者となることです。
13 神は、アブラハムに約束する際、ご自分より大いなるものにかけて誓うことができなかったので、ご自分にかけて誓い、
14 「確かにわたしは、あなたを大いに祝福し、あなたを大いに増やす」と言われました。
15 このようにして、アブラハムは忍耐の末に約束のものを得たのです。
16 確かに、人間は自分より大いなるものにかけて誓います。そして、誓いはすべての論争を終わらせる保証となります。
17 そこで神は、約束の相続者たちに、ご自分の計画が変わらないことをさらにはっきり示そうと思い、誓いをもって保証されました。
18 それは、前に置かれている希望を捕らえようとして逃れて来た私たちが、約束と誓いという変わらない二つのものによって、力強い励ましを受けるためです。その二つについて、神が偽ることはあり得ません。
19 私たちが持っているこの希望は、安全で確かな、たましいの錨のようなものであり、また幕の内側にまで入って行くものです。
20 イエスは、私たちのために先駆けとしてそこに入り、メルキゼデクの例に倣って、とこしえに大祭司となられたのです。

おはようございます。
イエスさまがあなたのために十字架にかかりました。
その救いは、完全です。
あなたが、その完全性を疑っても、自分の罪深さに絶望しても、十字架の救いの確かさは変わりません。
だから、あなたはだれも裁かなくていいんですよ。

ヘブル人への手紙 第5章  

1 大祭司はみな、人々の中から選ばれ、人々のために神に仕えるように、すなわち、ささげ物といけにえを罪のために献げるように、任命されています。
2 大祭司は自分自身も弱さを身にまとっているので、無知で迷っている人々に優しく接することができます。
3 また、その弱さのゆえに、民のためだけでなく、自分のためにも、罪のゆえにささげ物を献げなければなりません。
4 また、この栄誉は自分で得るのではなく、アロンがそうであったように、神に召されて受けるのです。
5 同様にキリストも、大祭司となる栄誉を自分で得たのではなく、「あなたはわたしの子。わたしが今日、あなたを生んだ」と語りかけた方が、それをお与えになったのです。
6 別の箇所でも、「あなたは、メルキゼデクの例に倣い、とこしえに祭司である」と言っておられるとおりです。
7 キリストは、肉体をもって生きている間、自分を死から救い出すことができる方に向かって、大きな叫び声と涙をもって祈りと願いをささげ、その敬虔のゆえに聞き入れられました。
8 キリストは御子であられるのに、お受けになった様々な苦しみによって従順を学び、
9 完全な者とされ、ご自分に従うすべての人にとって永遠の救いの源となり、
10 メルキゼデクの例に倣い、神によって大祭司と呼ばれました。
11 このメルキゼデクについて、 私たちには話すことがたくさんありますが、 説き明かすことは困難です。あなたがたが、聞くことに対して鈍くなっているからです。
12 あなたがたは、年数からすれば教師になっていなければならないにもかかわらず、神が告げたことばの初歩を、もう一度だれかに教えてもらう必要があります。あなたがたは固い食物ではなく、乳が必要になっています。
13 乳を飲んでいる者はみな、義の教えに通じてはいません。幼子なのです。
14 固い食物は、善と悪を見分ける感覚を経験によって訓練された大人のものです。

坂本 秀雄 (伝道師)

Author:坂本 秀雄 (伝道師)

ゴスペルハウスは、超教派のキリスト教伝道所です。
神様の愛で建てられ、神様の愛を伝えています。

2008年にブラジル・サンパウロから帰国した家族が、山形県の川西町に移住して楽しくゴスペルハウスな生活をしています。
そして今度は隣町の高畠へ引っ越しました。
どなたでもお気軽にお越しください。

ゴスペルハウスには、あなたのための席が用意されています。

お気軽にお越しください。
山形県東置賜郡高畠町
安久津1070

電車でお越しの方は、高畠駅までお迎えします。

賛美・御言葉・聖餐を中心とした、明るい雰囲気の礼拝です。
はっきり言って、楽しいです。

同時間帯で、「子ども礼拝」も行なっています。
大人も子どもも、クリスチャンもそうでない方も、ぜひご一緒に集いましょう。

集会の後には、ご一緒に夕食を頂きます。
伝道師みずから、腕をふるって料理します。
おいしいですよ。(もちろん無料)